川上尉平

没年月日:1979/10/04
分野:, (洋)

 春陽会会員の洋画家、川上尉平は、10月4日午前11時55分、脂肪肉しゅによる呼吸不全のため、東京板橋区の都立養育院付属病院で死去した。享年62。川上尉平は、1917(大正6)年2月26日、熊本県飽託郡に生まれ、1931年河内尋常小学校高等科を卒業、河内郵便局勤務をへて1935年熊本市の千徳デパート宣伝部に入社、39年上京、翌40(昭和15)年日本電建に入社した。幼時から絵を好み、熊本在住の洋画家寺尾洸二に師事、小学校時代に九州美術展に入選、上京後は勤務のかたわら独学し、1940年第5回独立美術協会展に出品して初入選となった。戦後は1947年第24回春陽会展に出品入選し、春陽会賞を授賞、翌年準会員(会友)、1953年春陽会会員に推挙された。以後、毎回春陽会展に出品すると同時に、1953年銀座ヤナセ画廊で最初の個展を開催し、1960年には八幡市立美術工芸館、65年熊本市鶴屋デパート、65年東京大丸百貨店で個展、同年から76年までには昭和画廊において8回個展を開催し、その間、1974年熊本日動画廊、76年吉祥寺東急美術サロンでも個展を開いている。また、1966年の立秀会第2回展から第12回展まで参加出品、1969年麗日会第1回展に出品し以後第10回展まで出品、1972年に結成された写実画壇(里見勝蔵中村善策など)には翌年第1回展から没年まで出品した。1973年12月背部腫瘍を手術、78年再発して右手の自由を失ったあとは左手で描いていた。1979年6月肉腫が肺に転移入院、10月4日没。台東区谷中一乗寺に葬られた。

出 典:『日本美術年鑑』昭和55年版(296-297頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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