坂倉新兵衛

没年月日:1975/04/17
分野:, (工,陶磁)

日本工芸会正会員で陶芸作家の萩焼14代、山口県指定無形文化財萩焼保持者の坂倉新兵衛(本名治平)は、胃癌のため、4月17日、山口県長門市の長門病院で死去した。享年58歳。大正6年2月28日、山口県長門市に於いて、萩焼12代坂倉12代坂倉新兵衛の三男として生まれた。昭和9年山口県立萩商業学校を卒業。昭和21年長兄光太郎戦死のため、家業に従事する。昭和25年12代新兵衛死去によって14代新兵衛を襲名する。昭和36年の「第8回日本伝統工芸展」に入選し、以後10回入選、昭和41年に日本工芸会正会員となった。昭和36年より大阪の高島屋で、昭和37年より東京の高島屋で、双方で毎年個展を開催した。昭和39年には東京国立近代美術館主催の「現代国際陶芸展」に招待出品、昭和42年には山口県芸術文化振興奨励賞を受賞、昭和43年には山口県美術展の審査員、昭和44年の毎日新聞社主催の「日本陶芸展」に招待出品、以後連続して同展に招待出品、昭和46年に中国新聞社の中国文化賞を受賞、昭和47年に山口県指定無形文化財萩焼保持者に認定された。昭和49年には芸術文化功労者として山口県知事選奨を受賞した。主要作品には、東京国立近代美術館蔵(昭和50年買上)の「萩八角菊文様食籠」、文化庁蔵(第16回日本伝統工芸展出品作、昭和44年買上)の「茶碗」、山口県立美術館蔵の「平水指」、迎賓館展示室へ山口県献納品として献納された(昭和49年)「茶入」、滋賀県立琵琶湖文化館蔵(昭和46年買上)の「茶碗」、紀州博物館蔵(昭和45年買上)の「茶碗」「水指」「茶入」等があり、萩焼技法の古式を継承する第一人者で、端正な気品と温かみの溢れるような柔らかな美しさが「新兵衛茶陶」といわれ愛好されている。

出 典:『日本美術年鑑』昭和51年版(296頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)

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例)「坂倉新兵衛」『日本美術年鑑』昭和51年版(296頁)
例)「坂倉新兵衛 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/9520.html(閲覧日 2024-04-26)

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