中本達也

没年月日:1973/07/22
分野:, (洋)

 多摩美術大学教授で元自由美術協会会員であった洋画家の中本達也は、7月22日午後1時49分、脳腫瘍のため東京・府中市の都立府中病院で死去した。享年51歳。中本達也は、大正11年(1922)2月13日、山口県大島郡に生まれ、昭和18(1943)帝国美術学校(現、武蔵野美術大学)西洋画科を卒業、学徒動員で軍隊に入り、昭和20年復員した。はじめ、舞台美術、新劇運動に従事したが、自由美術家協会展に出品、昭和26年同会15回展「人と人」「間(ま)」、同27年16回展「回想」などを出品、27年に自由美術家協会会員にあげられた。昭和34年(1959)みづゑ賞選抜作家展でみづゑ賞を受賞し、中南米巡回展に出品、同年、「群れ」で第3回安井賞を受けた。昭和35年ギャラリー・キムラで第1回個展、翌年東京大丸ギャラリーで第2回個展、昭和37年大阪関西画廊で個展、同年大阪フオルム画廊でエッチングによる個展を開催した。昭和38年(1963)自由美術協会を退会したが、それまでに昭和28年「土壌」「思策」「誕生」、同30年「水浴」、同31年「牛飼い」「洪水」、同32年「憩える海人」、同33年「とり」「供物」、同34年「窟の声」、同35年「火山帯(動物)」、同36年「狩」、同37年「東洋の声」を同展に発表した。昭和38年から翌年(1963-64)までイタリアに滞在、昭和42年壱番館画廊で個展「残された壁」、翌年同画廊で個展「人間断片」を開催した。昭和45年、多摩美術大学油画科教授に就任、同47年、千葉県の鋸山に広大な岩壁彫刻「岩の声」を制作した。内面的な思考と叫びを彫直な形体で造型化した作風はその特異性を評価されて、昭和48年(1973)、東京セントラル美術館で『岩の声まで』と題して回顧展が開催された。

出 典:『日本美術年鑑』昭和49・50年版(243-244頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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