中津瀬忠彦

没年月日:1973/08/10
分野:, (洋)

 独立美術協会会員の洋画家中津瀬忠彦は、8月10日、交通事故のため死去した。享年57歳であった。中津瀬家は京都伏見の公家の出といわれ、中津瀬忠彦は大正5年(1916)1月18日、滋賀県大津市に生まれ、昭和11年(1936)、岡山師範学校本科(美術・音楽)を卒業、同13年第8回独立美術協会展に初入選した。その後、昭和18年文展に出品入選したほかは独立展に出品をつづけ、昭和23年第16回独立展において「風景A」「風景B」で独立賞を受賞し、翌年独立美術協会準会員、さらに翌年の昭和25年には同会会員に推挙された。同年の第1回アトリエ新人賞候補に選ばれ、昭和29年には朝日秀作展にも選出された。昭和33年(1958)に留学生として渡欧し、同35年までフランスに滞在、34年(1959)にはサロン・ドートンヌに入選した。帰国後も独立展、独立十人の会を中心に作品を発表、昭和38年、42年の安井賞候補展に選抜され、同41年日動画廊太陽展にも出品した。昭和42年再渡欧して1年間ヨーロッパに滞在した。
独立展出品作品略年譜
昭和13年・宇野港 同17年・川岸の馬 同22年・働く人、風景 同23年・風景A、風景B 同25年・風景(B)、後楽園外苑、風景A 同27年・働く人々、人と馬 同28年・馬A、馬B 同29年・働く人々A、働く人々B 同30年・風景A、風景B、風景C 同31年・山湖、後楽園外苑、砌場 同32年・岩山、後楽園 同33年・風景B、風景A、風景C 同35年・Santa Lucia、Parc de Sceaux、paris 14、paris 5、Montparnasseの街角 同36年・後楽園、Parc de Sceaux 同38年・マドリッド 同39年・南伊風景、南伊の女 同40年・奢れる伊呂具 同41年・黎明、罌粟と少女 同43年・ゼゴヴィヤ城外 同44年・黄昏時、らくがき 同45年・蝶を追う、田植時 同46年・五月 同47年・内海を望む丘 同48年・マドリッド、風景

出 典:『日本美術年鑑』昭和49・50年版(243頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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