新井勝利

没年月日:1972/06/21
分野:, (日)

 日本画家で日本美術院評議員の新井勝利は、6月21日脳血センのため死去した。享年77才。本名勝利。明治28年3月6日東京市京橋区、江戸時代からの美術商新井可翁の三男として生れた。高輪中学を卒え、明治42年頃梶田半古に師事し、巽画会に出品受賞している。のち安田靫彦に就き、日本美術院研究所に学ぶ。大正初年研究会員となり、昭和5年17回院展「葡萄」が初入選となった。昭和11年第1回帝展「つばき」が初入選となり、同年秋日本美術院々友となった。またこの年より5年間捜真女学校図画教師となった。同13年第25回院展「二月堂水取」で日本美術院賞となり、16年まで「大仏勧進」「山伏摂待」「谷行」とつづけて院賞を受け、この年同人に推挙された。この間、昭和15年より19年迄4年間文部省より法隆寺壁画模写を委嘱され、模写事業の仕事に従事した。戦後は昭和24年より40年まで多摩美術大学教授として後進の育成にあたっている。また作品として主なものには「玄装三蔵」(昭28)「伊勢物語より七題」(昭33以降)「源氏物語より三題」(昭40以降)を連続院展出品にみられる。海外渡航は、昭和18年海軍報道班員として南方トラック、ラバール等に二ヶ月従軍したほか、昭和37年には現代日本美術展を携へてソ連に招待され、約1ヶ月半同国各地を巡った。

出 典:『日本美術年鑑』昭和48年版(80頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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