熊谷登久平

没年月日:1968/11/24
分野:, (洋)

 独立美術協会会員の洋画家、熊谷登久平は、11月24日、午後4時45分、東京駿河台・日大病院で食道ガンのため死去した。享年67歳。熊谷登久平は、明治34年(1901)10月2日、岩手県東盤井郡に生まれ、大正14年中央大学商学部を卒業、学生時代に川端画学校に入り、大正13年修了、昭和元年、白日会展に入選、このころ長谷川利行を識り、親交を結ぶ。昭和2年、白日会会員に推されたが、昭和4年には「気仙沼風景」「赤松と水車小車」を二科展に出品入選、翌5年には「海」「落日」を出品した。昭和6年、独立美術展第1回展に入選、その後、毎回出品して、昭和8、10年の出品作で海南賞を受賞し、昭和11年独立美術協会会友に推薦され、同16年会員となった。昭和37年以後、41年まで毎年、東京日本橋三越で個展を開催し、同38年にはヨーロッパに旅行した。また、著書に「初等図画練習帳」(5巻)、「熊谷登久平画集(絵と文)」(昭和16年、美術巧芸社)などがある。
作品略年譜
昭和6年「教会堂」「噴水のある風景(浜町公園)」 同7年「風景」「秋」「夏山」「静物」 同8年「画架と雉子」「鳥離室」「月夜」「風景」 同9年「山百合と娘」「菜園」 同10年「夕月」「五月幟」「朝顔」 同11年「七夕」「風景」「雲雀」 同12年「港」「Ballet Cauhaval」「春の朝」 同13年「古都と噴水」「パラシュート」「美しき海」 同16年「太鼓」「笛」 同17年「母子」「鳩」 同22年「十字架のある風景」「修道女」 同23年「聖書頌歌」 同24年「朝の港」「裸婦」 同27年「寿美子の乳房」「うすれ日」 同29年「ふるさと」 同30年「白い町」 同31年「夏去りし海」 同34年「河口」「古き灯台」 同38年「ナイル河」「サワラ砂漠」 同39年「NICEの宿」「斗牛士」 同40年「ローマの碑」 同41年「愛も武力も十字架も(殉教)」 同42年「裸女」「木の間」

出 典:『日本美術年鑑』昭和44年版(69-70頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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