長谷川路可

没年月日:1967/07/03
分野:, (日)

日本画家で、フレスコやモザイクをよくするので知られた長谷川路可は、7月3日脳溢血のためローマ市メルチェーデ病院で死去した。享年69才。本名龍三。明治30年東京に生れた。暁星中学在学中に洗礼を受け、大正10年東京美術学校日本画科を卒業した。この年渡欧し、渡欧中にベルリン中央アジア探検隊採集の西域壁画等を模写し、フレスコを学んで昭和2年帰国した。その後帝展に出品し戦後は昭和25年イタリアに赴き、ローマ郊外チヴィタヴェッキア市の日本聖殉教者教会内「日本二十六聖人殉教図」壁画(フレスコ画)をはじめとする祭壇画・天井画・小祭壇画6点を制作し、昭和31年完成した。この教会は日本二十六聖人が1862年列聖された際、記念に1864年献堂されたもので、祭壇には二十六聖人の殉教図が描かれていた。しかしこの教会は、第2次大戦の戦災によって破壊されたので、長谷川路可が祭壇の後陣と天井などに新らたに描いたものである。彼はその功によりチヴィタヴェッキア市の名誉市民となり、又その名も国際的に知られるに至った。昭和39年には国立競技場にモザイク壁画および床モザイクを完成している。昭和42年6月、日本聖殉教者教会の天井画を描き加え、またイスラエルの教会にも壁画を描く構想を持って渡欧したが7月3日死去した。葬儀は、チヴィタヴェッキアの日本聖殉教者教会で行われた。
略年譜
1897(明治30)7月9日東京に生れた。
1920(大正9)第2回帝展「エロニモ次郎祐信」出品
1921(大正10)東京美術学校日本画科を卒業。「流さるる教徒」(細川ガラシア夫人)(卒業制作)。パリ・アンデパンダン展、サロンドートンヌ等に出品、シルバースター賞受賞。後会員となる。フォンテンブローのフレスコ研究所でボードワン教授にフレスコを学ぶ。ベルリン中央アジア探険隊将来の西域壁画の模写に従事。
1927(昭和2)帰国。
1928(昭和3)新興大和絵会に参加。喜多見の伊東家聖堂にフレスコ壁画制作。「聖母子・教会の復活と聖ミカエル・殉教者と聖ザビエル」「天地創造」。カトリック美術協会を結成。
1930(昭和5)ローマにおける日本美術展覧会に参加し欧州米国を廻って帰国。
1931(昭和6)第12回帝展「湖畔のまどゐ」出品。
1932(昭和7)第13回帝展「熱国の夜」出品。
1933(昭和8)第14回帝展「生物学研究室に於けるT博士像」出品。
1934(昭和9)第15回帝展「艦橋に立つ末次提督」出品
1938(昭和13)瀬戸市定光寺の尾張徳川家納骨堂にフレスコ壁画制作。
1939(昭和14)日本大学専門部芸術科に出講、日本画・フレスコ担当。
1949(昭和24)鹿児島市ザビエル記念教会に壁画制作。「少女ベルナデッタに御出現のルルドのマリア」「臨終の聖フランシスコ・ザビエル」「聖ザビエル日本布教の図」(日本画三点)
1950(昭和25)渡欧。ローマにおける布教美術展に参加。「受胎告知」「長崎の切支丹」「細川ガラシア夫人」出品。
1951(昭和26)ローマ法王ピオ十二世に「切支丹絵巻」(全三巻)を献上。
1951~1956この間チヴィタヴェッキア(ローマ市郊外)の日本聖殉教者教会にフレスコ壁画「日本二十六聖人殉教図」、天井画、小祭壇画6点制作。チヴィタヴェッキア名誉市民証を受けた。
1957(昭和32)帰国。
1958(昭和33)武蔵野美術学校に出講。東京ブリヂストン美術館でフレスコ作品を発表。岩国市庁舎壁画制作(モザイク)
1959(昭和34)熱海、古屋旅館大浴場壁画制作(フレスコ)
1960(昭和35)チヴィタヴェッキア壁画制作に対し、第8回菊池寛賞を受領。若い弟子達と「東京フレスコ・モザイク壁画集団(略F・M)」と称するフレスコ・モザイクによる壁画グループを結成。戯曲「細川ガラシア」に於る衣装考証及び舞台美術監修。
1961(昭和36)早稲田大学文学部エレベーターホール床(モザイク)
1962(昭和37)船橋ヘルスセンターホテル(フレスコ、床モザイク)
1963(昭和38)日本美術家連盟理事。東松山カントリークラブ(モザイク)
1964(昭和39)浜松国際仏教徒会館壁画(フレスコ)、国立競技場玄関床面およびメインスタンド壁画(モザイク)、静岡シャンソンビル(フレスコ)
1965(昭和40)長崎・日本二十六聖人記念館にザビエル像(フレスコ壁画)制作
1967(昭和42)3月、同館に「長崎への道」(フレスコ壁画)制作。遺作となる。
6月、ローマ法王パウロ六世に謁見のため渡伊。同時にチヴィタヴェッキア日本聖殉教者教会の天井画制作及びイスラエルに於ける「聖母子」(モザイク壁画)制作の交渉に赴き、7月3日ローマに没す。勲四等旭日小綬章を授与され、従五位に叙せられる。

出 典:『日本美術年鑑』昭和43年版(144-145頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「長谷川路可」『日本美術年鑑』昭和43年版(144-145頁)
例)「長谷川路可 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/9099.html(閲覧日 2024-03-28)

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