矢野橋村

没年月日:1965/04/17
分野:, (日)

 日展評議員、日本南画院会長の日本画家矢野橋村(本名一智、別号知道人)は、4月17日午前8時30分、大阪府豊中市の自宅において脳出血のために死去した。享年74才。明治23年(1890)9月8日に生れ、小学校を卒業して南画家永松春洋塾に入る。大正年間に美術文芸研究を目的として直木三十五らと主潮社を起し、個展を主張して審査をうける展覧会への出品を中止したこともある。斎藤与里らと私立大阪美術学校を設立し、日本南画院の設立にも関与した。昭和34年、大阪市民文化賞をうけ、36年には第17回日本芸術院賞を受賞。39年日本南画院会長に就任した。著書に「浦上玉堂」「南画初歩」がある。
略年譜
明治23年(1890) 9月8日愛媛県越智郡に生れる。
明治39年 南画家永松春洋の門に入る。
大正3年 第8回文展に「湖山清暁」を出品褒章をうける。
大正4年 第9回文展「雨後」出品。
大正5年 第10回文展「雲辺浄刹」出品。
大正6年 第11回文展「麓」出品。
大正8年 直木三十五、福岡青嵐らと主潮社を起し、毎年東京、大阪で個展を開催する。
大正10年 日本南画院の設立に関与し同人となる。第1回展「羅浮蓬仙」出品。
大正11年 11月、大阪美術協会創立委員となる。第2回南画院展「秋峡・春晝」。
大正12年 関東震災のため主潮社展中絶。
大正13年 私立大阪美術学校を設立、校長となる(昭和21年閉鎖)、南画院展「十無」。
大正14年 南画院展「天竜峡」(6曲1双)。
大正15年 南画院展「間人樹芸」「郷国五題」。
昭和2年 南画院展「童戯」「待賓留」「浜」。第8回帝展に「雪朝」出品、特選。
昭和3年 南画院展「郊外即日」「一飲一啄」。第9回帝展「暮色蒼々」特選。
昭和4年 南画院展「夕立」「秋庭」。第10回帝展「盪壑」。
昭和5年 南画院展「三保展眸」、第11回帝展「追啄」審査員にあげられる。
昭和6年 南画院展「頼山陽絵伝」「峡間猿声」。第12回帝展「大雅堂」。
昭和7年 南画院展「筧水」第13回帝展「雪晴」。
昭和8年 南画院展「春喧」、第14回帝展「借景画処」、審査員。
昭和9年 南画院展「瑞竜」、第15回帝展「砂丘」。大阪府史跡名勝天然記念物調査委員を依嘱される。
昭和10年 帝展改組に際し、「指定」に推される。南画院展「華晨」。
昭和11年 南画院展「聊爾集」、新帝展「高野草創」、文展「秋与」(2曲1双)、日本南画院解散となる。
昭和12年 第1回文展「暮色」審査員。墨人会を起し第1回展「乍雨乍晴」を出品。
昭和13年 墨人会展「四季行楽」。
昭和14年 乾坤社を創立、主宰し、第1回展「山紫水明」「乳」。第3回文展「山路」。
昭和15年 乾坤社展「山岳道者」「初夏」、紀元二千六百年記念展「瑞雪」。
昭和16年 乾坤社展「凉宵」、第4回文展「高遊外」。
昭和17年 乾坤社展「鯉跳る」「瀞四景」、大阪日本画家報国会結成され、理事長に推される。
昭和18年 乾坤社展「或る日の太乙」。
昭和21年 第1回日展「朝顔の家」。大阪美術学校閉鎖。
昭和23年 第4回日展「幽寂」。
昭和24年 第5回日展「寒燈」・審査員。
昭和25年 第6回日展「黎明」、関西綜合展審査員。塾展を再会するに当り主潮社の名称を復活する。大阪府芸術賞を受く。
昭和26年 第7回日展「不動窟」、審査員。日月社顧問に推される。日月社展「返照」。
昭和27年 第8回日展「面河峡」、日展参事、日月社展「北摂風景」関西綜合展「秋晴」。
昭和28年 第9回日展「六甲山北面」、日月社展「浦風」。
昭和29年 第10回日展「渓潤」、審査員、玉堂賞をうけ文部省買上げとなる。日月社展「雨霽」。
昭和30年 第11回日展「旭映雪」・日月社展「雨後」、関西綜合展「豊秋」、主潮社展「瀑布」。
昭和31年 第12回日展「箕面」、日月社展「朝色」、関西綜合展「渓潤」、主潮社「箕面」。
昭和32年 第13回日展「潮騒」、関西綜合展「魚留」
昭和33年 第13改日展改組に当り日展評議員となる。第1回展「旅僧」、日月社展「杉間」
昭和34年 第2回日展「峠道」、日月社展「夏山」、関西綜合展「蛸」、主潮社展「夏山」「峠道」。大阪市民文化賞を受ける。
昭和35年 第3回日展「錦楓」。主潮社10周年記念展「高山遠水」。日本南画院創立され副会長に就任する。
昭和36年 「錦楓」に対し昭和35年度日本芸術院賞受賞。第4回日展「山脈」。
昭和37年 第5回日展「山麓」、日本南画院展「晴雪」。
昭和38年 第6回日展「牛市行」、日本南画院展「窓雪暁色」。
昭和39年 第7回日展「夕照帰急」、日本南画院展「野馬」。日本南画院会長に就任する。
昭和40年 日本南画院展「百丈野狐」「青山臨水」、4月17日死去。同日附、従五位勲四等瑞宝賞を授与される。第8回日展に遺作「百丈野狐」出品される。

出 典:『日本美術年鑑』昭和41年版(111-112頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「矢野橋村」が含まれます。
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