上田直次

没年月日:1953/02/21
分野:, (彫)

 元文展無鑑査の彫刻家上田直次は2月21日肝臓癌のため郷里広島県賀茂郡の自宅で逝去した。享年72歳。明治13年郷里で当地第一人者といわれた宮大工を父として生れ、早くから彫刻家としての才能を示していた。27歳の時単身上京し、望月圭介の被護をうけ、また旧藩主浅野長勲侯に認められ、困苦のうちにも彫塑に励んだ。木彫を山崎朝雲に、塑像を朝倉文夫に学び、官展で名を現わした。
 昭和11年にはドイツ人フォン・ウエグマンに認められ、独仏に紹介されたりした。晩年は殆んど中央の美術展に出品せず、仏像の制作に励み、また広島県美術展の彫刻部発展に尽力した。展覧会に発表した以外の作品に、厳島神社豊太閤(大正8年)、望月圭介胸像、浅野長勲侯胸像、元帥加藤友三郎銅像(広島)、大池忠助銅像(釜山)、沢原為綱銅像(呉)、亀田多吉銅像(安浦町三津口)等がある。
略年譜
明治13年 広島県賀茂郡に生れた。父は宮大工として知られていた。
明治39年 単身上京し、太平洋美術学校に学び、更に山崎朝雲朝倉文夫に師事した。
明治44年 第5回文展に「労働者の妻」初入選。
大正元年 第6回文展「水鏡」。
大正5年 第10回文展「ゆあがり」。
大正6年 第11回文展「うつりゆく心」。
大正7年 第12回文展「涼風」。
大正8年 第1回帝展「労働者」。
大正9年 第2回帝展「沖の不安」。
大正10年 第3回帝展「高峰」。
大正13年 第5回帝展「老の喜び」。
大正15年 第7回帝展「母性の愛護」。
昭和2年 第8回帝展「朝餉の戯れ」。
昭和4年 第10回帝展「個性」。
昭和5年 第11回帝展「山羊の親子」特選、宮内省買上となる。
昭和6年 第12回帝展「愛に生きる」無鑑査。
昭和7年 第13回帝展「青葉のにほい」無鑑査。
昭和8年 第14回帝展「山羊群像」無鑑査。
昭和9年 第15回帝展「山彦」無鑑査。
昭和14年 第3回文展「空のこゑ」無鑑査。
昭和15年 紀元二千六百年奉祝展「聖羊」。
昭和16年 第4回文展「村上英先生像」無鑑査。
昭和18年 第6回文展「肇国の理想」無鑑査。
昭和19年 戦時特別文展「母性愛」。
昭和20年 郷里広島県に帰る。
昭和28年 2月21被没。

出 典:『日本美術年鑑』昭和29年版(159頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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