葛西万司

没年月日:1942/08/19
分野:, (建)

 建築界の長老、工学博士葛西万司は8月19日逝去した。享年80。文久3年7月21日旧南部藩家老鴨沢舎二男として盛岡市に生れ、後葛西重雄の養子となつた。12歳の時上京、明治23年工科大学建築科を卒業して日本銀行に入り、辰野金吾博士を輔けて建築設計監督に当つたが、同36年8月京橋区日吉町に辰野葛西事務所を設立、建築事務所活躍の先鞭をつけた。大正4年工学博士、同8年辰野博士没後単独経営としたが、昭和2年田中実と共同して葛西田中事務所と改称、同12年以降再び単独経営として今日に至つたものである。この間、工学院、早稲田大学理工科等に講じ、官庁諸会社の顧問或は囑託として設計監督に従事、又建築学会、日本建築士会等の役員を兼ねた。主なる作品には次の如きものがある。
帝国生命保険本社及支店、東京火災保険本社及支店、安田商事大阪事務室、第一生命保険本社、永楽ビルデイング、帝国海上運送火災保険本社、川島甚兵衛商店東京支店、第一銀行京都・神戸・麻布支店、朝鮮銀行本店・東京支店、日本銀行函館支店、生命保険会社協会、有栖川宮家麻布盛岡町御殿、東大工科大学教室、明治専門学校、岩手医専、順心高女、富山市図書館、岩手病院、厚生会東京大阪産婦人科病院、生命保険厚生会、東京駅本家、釜山沢本家、両国国技館、浅草及名古屋国技館、盛岡映画劇場、赤坂霊南坂教会堂等

出 典:『日本美術年鑑』昭和18年版(78頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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