勝呂忠

没年月日:2010/03/15
分野:, (洋)

 洋画家の勝呂忠は3月15日、間質性肺炎のため死去した。享年83。1926(大正15)年5月10日、東京に生まれる。アジア太平洋戦争中に父の出身地静岡県土肥町に疎開し、同地で終戦を迎えた。終戦後、約一年間、富士宮市の日蓮宗東漸寺を営む伯父の下で過ごす。この間、静岡県在住であった洋画家曾宮一念に絵の指導を受ける。46年多摩帝国美術学校西洋画科に入学。49年、明治大学文学部仏文科に編入学する。50年多摩造形芸術専門学校(現、多摩美術大学)絵画科を卒業。同年、自由美術協会を退会した村井正誠山口薫、小松義雄らによって進められていたモダンアート協会結成準備に、山口、小松の勧めによって参加する。51年読売アンデパンダン展に「教会」「港」を出品。以後第10回展まで同展に出品を続ける。同年日本橋三越で開催された第1回モダンアート協会展に「聖母園」「梨」を出品。52年明治大学文学部仏文科を中退。第2回モダンアート協会展に「4人」「2人」「坂」を出品して会員に推挙され、以後、同展に出品を続ける。54年文化学院美術科講師となる。56年第1回シェル美術賞展に幾何学的構成によって具象的対象を想起させる「チカラ・B」を出品して佳作賞受賞。57年、多摩美術大学講師となる。また、同年安井賞展に「キリスト」を推選出品。58年第3回現代日本美術展に「影の人」「追憶」を招待出品。59年第5回日本国際美術展に「聖天」を招待出品。60年第4回現代日本美術展に「馬と人」を招待出品。61年イタリア政府給費留学生としてイタリアへ渡り、フィレンツェのアカデミア・ベラ・アルテに入学して油彩画のほか、古代中世のモザイク画を学ぶ。62年にイタリア各地のほか、フランス、スペイン、イギリス、オランダ、ベルギー等に旅行。63年に帰国し、東京銀座の夢土画廊で帰国展を開催し、抽象的なモティーフが同心円上に拡散していく「ひろがり」ほかを出品。渡欧前は対象を幾何学的な形の集合体として把握し、それらをいったん解体してから再構成する具象画を描いたが、渡欧後は抽象表現を試みるようになる。68年多摩美術大学を辞任。69年京都産業大学教養部講師となる。73年、再度渡欧。トルコ、ギリシャ、イタリア、フランス等を巡る。80年代初頭から様々な色調の黄土色を基調とする背景に、布で全身を覆った人物立像を想起させる幾何学的形態を平板な黒い色面で表した画風へ転じた。85年、初回から出品を続けてきたモダンアート協会展の第35回記念展に「モニュメント」を出品して作家大賞を受賞。87年池田20世紀美術館で「勝呂忠の世界展」が開催され、初期から1980年代半ばまでの油彩画・版画等約80点と表紙原画100点が展示された。戦前に設立された美術団体の再興が行われる一方で、新しい時代に即した造形活動の模索がなされた1940年代後半に美術界での歩みを始めた勝呂は、「純粋なる芸術運動のために、新しい方向を示す世代の優れた芸術家群によって21世紀への橋をかける役割を果す機関として行動する」ことを決意して結成されたモダンアート協会の趣旨に深く共感し、人々の生活により近い場で受容される造形作品の制作も積極的に行った。そのひとつとして1954年から描いた早川書房刊行のポケット・ミステリーの表紙原画がある。以後、三田文学表紙(1956年~58年)、エラリー・クィーンズ・ミステリ・マガジン(創刊号から1965年まで)などの表紙原画を手がけ、斬新洒脱な画風で注目を集めた。58年にはエラリー・クィーン・ミステリ・マガジン表紙によりアメリカ探偵作家クラブ美術賞を受賞。84年にはこれらの原画約1000点の中から100点を選び、「勝呂忠装幀原画展」(千代田・木ノ葉画廊主催)を開催した。イタリア留学から帰国した63年以降は、モザイク画などによる公共建築への壁画制作も行い、岐阜県瑞浪市昭和病院玄関外壁の陶板壁画「拡がるエネルギー」(1966年)、茨城県常陸太田市農協会館外壁陶板壁画「みのり」(1967年)、東京都広尾日本青年海外協力隊センター・ロビー陶片モザイク「若いエネルギー」(1968年)、長野県信州中野市年市民会館陶板壁画、モザイク等(1969年)などを制作したほか、87年には山口薫の原画による大理石モザイク「幻想・矢羽根と牛」を群馬県箕郷町新庁舎の壁画として執行正夫とともに制作した。また、舞台美術も手がけた。1989(平成元)年第39回モダンアート協会展に「海に浮く太陽」を出品し、同年、同会を退会。以後、画廊を中心に作品の発表を行い、2002年には「勝呂忠前衛美術50年展」(鎌倉中央公民館市民ギャラリー)が開催されている。著作も行い『モザイク-たのしい造形』(美術出版社、1969年)、『西洋美術史摘要-講義資料』(啓文社、1992年)、『近代美術の変遷史料』(啓文社、1995年)などの著書がある。

出 典:『日本美術年鑑』平成23年版(430-431頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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