宮迫千鶴

没年月日:2008/06/19
分野:, (洋)

 画家で評論家、エッセイストの宮迫千鶴は6月19日、腹部リンパ腫のため埼玉県川越市の病院で死去した。享年60。1947(昭和22)年10月16日広島県呉市に生まれる。カトリックの女子校で中等・高等教育を受けた後、70年広島県立女子大学文学部卒業。上京して出版社やファッション誌の会社などで働きながら、独学で絵画制作を開始する。山下清の貼り絵に出会ったことで、大学時代に受けたアカデミックな制作指導のトラウマから解放され、既成概念に囚われぬ独自の表現を育む。75年荻窪のシミズ画廊にて初個展。モチーフを機械に置き換え再構築したかのような構図で、多色使いながらも落ち着いた色調の作品が多い。この頃、生涯のパートナーとなる画家の谷川晃一と出会い、二人展やグループ展も開くようになる。文筆業では78年に初の美術エッセイ集『海・オブジェ・反機能』(深夜叢書社)を刊行。80年代からは美術や写真評論の他、当時盛んであった女性論、家族論などの執筆に追われ、『イエロー感覚』(冬樹社、1980年)、『女性原理と写真』(国文社、1984年)、『ハイブリッドな子供たち』(河出書房新社、1987年)、『ママハハ物語』(思潮社、1987年)、『サボテン家族論』(河出書房新社、1989年)、『母という経験』(平凡社、1991年)など著作多数。とりわけ多忙を極めたこの時期はコラージュによるポップで都会的な作品が目立つが、88年伊豆高原に転居した後は、その自然や暮らしを色彩豊かに描いた明るい作品が主となる。ライプチヒで開催される「世界でもっとも美しい本展」にて92年、画文集『緑の午後』(東京書籍、1991年)が銀賞受賞。93年より伊豆高原アートフェスティバルを企画・開催。店舗や宿泊施設のほか出品者の自宅や別荘を会場とし、地元住民を中心に参加者主体で運営する草の根型の芸術祭を提唱。自然の暮らしの中でアートを楽しむことを目指した、非営利の新しい芸術イベントとして評判となる(2007年の第15回まで毎年参加)。豊かな自然やその中での暮らしをテーマにしたものの他、この伊豆時代に関心を寄せたスピリチュアリティに関するエッセイも多い。主な著書に『美しい庭のように老いる』(筑摩書房、2001年)、『月光を浴びながら暮らすこと』(毎日新聞社、2002年)、『絵のある生活 コラージュ・ブック』(NHK出版、2002年)、詩画集『月夜のレストラン』(ネット武蔵野、2003年)、『田舎の猫とおいしい時間』(清流出版、2004年)、『はるかな碧い海』(春秋社、2004年)など。99年には『海と森の言葉』(岩波書店、1996年)のエッセイが一部、三省堂、明治書院の高校現代国語の教科書に採用されている。展示活動は初個展以来ほぼ毎年行われたが、主な展覧会には「●田島征三●谷川晃一●宮迫千鶴三人展」(練馬区立美術館、2005年)、「夏のアートフェスティバル2005 森のアトリエ 谷川晃一&宮迫千鶴展」(国際芸術センター青森、2005年)などがある。また没後の09年には遺稿集『楽園の歳月』(清流出版)が刊行された。

出 典:『日本美術年鑑』平成21年版(434-435頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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