中村輝

没年月日:1993/08/07
分野:, (彫)

 一陽会常任委員の彫刻家中村輝は8月7日午後8時30分、脳出血のため横浜市中区の警友総合病院で死去した。享年80。大正2(1913)年1月26日、岐阜県大垣市に生まれる。本名二郎。昭和6(1931)年、東京美術学校図案科を中退。同10年帝国美術学校彫刻科を卒業する。在学中の同8年第20回二科展に「習作」で初入選。この頃は「暉」と号した。以後同展に出品を続け、戦後も同21年第31回二科展に「牛」を出品するが、同29年に同展への出品を停止し、同30年、一陽会の結成に参加して、同会会友となった。同31年第2回一陽展に「人馬」を出品して同会会員となる。同49年同会が委員制を採択するに際し、同会委員となった。同39年日本橋高島屋、同42年新宿ステーションビル、同48年西武百貨店渋谷店、同52年日動画廊で個展を開催。同63年大垣市制70周年記念として「中村輝彫刻展」を開催している。野外彫刻も多く、「金森吉次郎翁」(大垣公園、昭和25年)、「ダイアナ女神像」(京成電鉄谷津公園、同33年)、「鶏」(岐阜駅前、同34年)、「一粒の種(女神像)」(大垣市水上公園、同58年)等がある。初期には人体像を多く制作したが、のち馬を好んでモティーフとするようになり、人物と馬を組みあわせた像を得意とするようになった。
一陽展出品歴
1回(昭和30年)不詳、2回「人馬」、3回「A女」「ポーズ」「マダム」「裸」「少女」、4回「男神」、5回「火の記録」、6回「女体」、「女体エスキス」「馬」「青銅の鳩」、7回「女体」「騎乗」「深尾氏の首」、8回「歓喜」「風雪」「鳥郡」「鵜」、9回「方舟」、10回(同39年)「馬」「少女」、11回「馬」、12回「馬」「裸」「手」、13回「モンゴル人馬」、14回「群鳥」「鳥」、15回「馬」、16回「オロチヨンの火の鳥」、17回「馬」「馬」、18回「無題」「馬」、19回「古代の昼と夜の記憶」「馬」、20回(同49年)「女体」「駿馬」「一孤庵哄笑」、21回「原始(浮彫)」「武帝の汗血馬」、22回「女賊アマゾンの休日1」「女賊アマゾンの休日2」、「笛」、23回「躍上する馬」「駿馬」、24回「嘶く駿馬」、25回「酒神バッカス」、26回「舞上る(広場の為の試作)」、27回不出品、28回「酒杯を掲ぐ」、29回「女賊アマゾニ」、「一粒のたね」、30回(同59年)「青銅小品」「記念碑の為の未完原型」、31回「一粒の種」、32回「象徴の馬」、33回「浮彫無題」、34回「浜辺の女」、35回(平成元年)「駿馬」「馬」、36回「少年と馬」、37回「婦人と馬」、38回「由美坐像」、39回「駿馬」「鵜」

出 典:『日本美術年鑑』平成6年版(331頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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