木島安史

没年月日:1992/04/27
分野:, (建)

 千葉大学工学部教授の建築家木島安史は4月27日午後0時24分、心不全のため東京都新宿区の社会保険中央総合病院で死去した。享年54。昭和12(1937)年5月9日、現在の朝鮮民主主義人民共和国黄海南道海州市に生まれる。同31年東京教育大学付属高校を卒業。同37年早稲田大学第一理工学部建築学科を卒業し、同年インド・チャン・ディガール市大学設計事務所を経てスペイン・マドリッド市アントニオ・ラメラ建築事務所につとめる。この間同年9月よりスペイン・マドリッド高等工業エドアルド・トロハ研究所に留学。同41年早稲田大学大学院理工学研究科修士課程を修了して、丹下健三都市・建築設計研究所に入る。翌42年エチオピア・アジスアベバ市ハイレセラシェ1世大学講師となる。同45年芝浦工業大学非常勤講師となり、翌46年YAS都市研究所を設立するが、同年より熊本大学工学部助教授となり、同研究所を退く。同57年熊本大学工学部教授、平成3年千葉大学工学部教授となった。この間、昭和46年ザ・デザインハウス・蓼科、同49年ザ・デザインハウス・松下、同50年上無田神社公民館、同55年熊本市白川公園久世寿等の建築設計を行ない、同59年球磨村森林組合球泉洞森林館の建築では同年の日本建築学会賞を受賞。同63年瀬戸大橋記念博覧会空海ドーム、同64年アジア太平洋博覧会九州電力館等パヴィリオン建築をも手がけ、平成元年熊本県立東稜高校の建築により村野藤吾賞を受けた。また没後の同5年、小国町西里小学校によりくまもと景観賞、第7回いらか賞を受けている。

出 典:『日本美術年鑑』平成5年版(315-316頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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