星野昌一

没年月日:1991/11/24
分野:, (建)

 東京大学名誉教授の建築家星野昌一は、11月24日午後2時30分、肺炎のため東京都港区の赤坂病院で死去した。享年83。明治41(1908)年5月20日、京都府舞鶴に生まれる。昭和6(1931)年、東京帝国大学工学部建築学科を卒業して同科助手となる。同13年同助教授、同17年同教授となり、同44年停年退官するまで長きにわたり、後進の指導にあたった。同44年より61年までは東京理科大学教授として教鞭を取る一方、同44年に設立した星野研究室一級建築士事務所代表取締役として活躍。千葉県庁舎(昭和36年)、千葉市役所(同37年)、松阪市庁舎(同44年)、オリンピック記念青少年センター体育館(同46年)、安田火災本社ビル(同51年)、同社大阪ビル(同57年)、同社千里ビル(同60年)、同社北海道ビル(同62年)、東京工芸大学(平成2年)等、公共建築を多く手がけ、機能と美観を融合させた新たな方向を示した。

出 典:『日本美術年鑑』平成4年版(307頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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