勝見勝

没年月日:1983/11/10
分野:, , (学,評)

 我国のデザイン評論の草分けでありグラフィックデザイン社編集長をつとめていた勝見勝は、11月10日午後3時ころ、東京都渋谷区の仕事場で死去しているのを発見された。享年74。死因は脳イッ血とみられる。明治42(1909)年7月18日、東京都港区に生まれる。昭和7年東京帝国大学文学部美学科を卒業し、同9年同大学院を修了する。同年横浜専門学校教授となり、同14年商工省産業工芸試験所所員を経、戦後は美術評論、著作を業としてアトリエ社顧問をつとめる。同25年ころからデザイン評論の分野で多彩な活動を展開し、「工芸ニュース」「商業デザイン全集」などの編集顧問、世界商業デザイン展顧問、日本デザイン学会設立委員をつとめ、同29年には桑沢デザイン研究所、同30年には造形教育センターの創立に参加する。同34年、季刊誌「グラフィックデザイン」を創刊。翌35年には日本で初めての世界デザイン会議の実現に尽力し、同39年の東京オリンピックではデザイン専門委員長としてその業績を国際的に認められ、以後日本万国博覧会、沖縄海洋博覧会、札幌・モントリオール冬期オリンピックなどのデザイン計画、絵文字による標識を手がけて、実践面でも活躍した。54年東京教育大学講師となり、以後東京大学、東京芸術大学などでも教鞭をとる。また著作も多く、『現代のデザイン』『子供の絵』『現代デザイン入門』などの編著書、『ポール・クレー』『インダストリアル・デザイン』(H・リード著)などの訳書がある。同42年毎日デザイン賞、同52年東京アートディレクターズクラブ功労賞、同53年日本インダストリアルデザイナー協会功労賞、同57年毎日デザイン賞特別賞、同58年国井喜多郎産業工芸賞特別賞を受賞している。

出 典:『日本美術年鑑』昭和59年版(318頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「勝見勝」が含まれます。
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