井上三綱

没年月日:1981/05/19
分野:, (洋)

 元国画会会員の洋画家井上三綱は、5月19日老衰のため神奈川県小田原市の自宅で死去した。享年82。1899(明治32)年1月15日、福岡県八女郡に生まれ、1916(大正5)年福岡県小倉師範学校に入学、在学中に画家を志し卒業後上京、本郷絵画研究所に学んだのち、23年から同郷の先輩坂本繁二郎に師事する。1926(大正15)年第7回帝展に「牛」が初入選、以後7回帝展・新文展に出品、30年には牧雅雄について彫刻も学び、日本美術院展に彫刻作品を2度(第15、16回)出品した。43年、造形芸術社から『万葉画集』を刊行、45年には「古事記屏風」を制作、翌年から箱根早雲寺に参禅した。50年にイサム・ノグチの訪問を受け、またエリーゼ・グリリー女史を知り制作上の自信を得、同年の第24回展から国画会展に出品、翌年の25回展に「たいくつした牛」「水辺の馬」を出品し国画会会員に推挙された。55年、ニューヨーク、ブルックリン展に前年作の「裸婦群像」「浴後」を出品、57年にはサンパウロ・ビエンナーレ展に「しゃがみかけた牛」(50年作)「驚」(51年作)を出品、またニューヨーク近代美術館における国際水彩展にも出品した。この間、53年の第2回日本国際美術展に「農」他1点、翌54年の第1回日本現代美術展に「第一の日」「牛小屋」を出品、国際展は59年の第5回、現代展は60年の第4回展までそれぞれ出品した。59年、美術出版社から『画集 井上三綱』を刊行する。61年、国画会を退会し、以後無所属となる。74年には、セントラル美術館で屏風絵による個展を開催した。国展への出品作に「海辺の牛」(26回)、「まるまげの女」(30回)、「はたおり」(31回)、「働く女」(34回)などがある。

出 典:『日本美術年鑑』昭和57年版(276頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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