堀越隆次

没年月日:1984/12/05
分野:, (洋)

 二科会監事の洋画家、堀越隆次は、12月5日午前6時50分、貧血病のため愛知県瀬戸市の陶生病院で死去した。享年68。大正5(1916)年6月26日、茨城県土浦市に生まれる。土浦中学を経て、昭和14(1939)年東京高等工芸学校(現千葉大学)を卒業。同年名古屋市日本陶器(現ノリタケ)に入る。服部正一郎に師事。同15年東満州に於て兵役に服し、同18年帰国。同年第30回二科展に満州風景「氷河」で初入選する。以後、ノリタケ・カンパニーに勤務する一方で同展に出品を続け、同26年第36回二科展「母と子と」(A)、(B)、(C)、三部作を出品して二科賞を受け、翌年同会会友となる。同30年第40回二科展には「罰」「母と子」を出品し会友賞を受賞。同39年二科会員となる。同41年第51回二科展に「とりとひと-B」を出品して会員努力賞を受賞。同54年同会評議員、同59年同会監事となる。同46年より53年まで中部国際形象展、同54年から56年まで中日展にも出品。社会の矛盾に耐えて生きる人々の生活に深いまなざしを注ぎ、プリミティブな味わいのある画風を示した。
 二科展出品歴--30回(昭和18年)「氷河」、31回「筑波遠望」「水郷」、32回「家路」、34回「家族」、35回(同25年)「風の吹く日に」、36回「母と子と」(A)、同(B)、同(C)、37回「家族B」、同C、38回「路傍A」、同B、同C、39回「よる」「こまった」、40回(同30年)「母と子」「罰」、41回「母子A」、同B、42回「工場の母子」、43回「家族A」、同B、44回「枷B」、45回(同35年)「ささえるA」、同C、46回「傷ついた人(A)」、48回「母子」、49回「ぎせい」「白いみち」、50回(同40年)「鳥と人」、51回「とりとひと-B」、52回「鳥と人とA」、53回「はれた日」、54回「ある家族」、55回(同45年)「ある家族A」、56回「ある家族」、57回「ピエロ……たち」、58回「こわれた人形」、59回「家族」、60回(同50年)「どこへ」、61回「ささえる」、62回「廃船」、63回「回想」、64回「集積」、65回(同55年)「余★」、66回「サン・ミゲルの母子」、67回「ふたりと二人」、68回「聖家族」

出 典:『日本美術年鑑』昭和60年版(258頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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