市川加久一

没年月日:1988/10/01
分野:, (洋)

 旺玄会常任委員の洋画家市川加久一は、10月1日午前10時59分、脳内出血のため大阪府守口市の関西医大病院で死去した。享年82。明治38(1905)年10月17日、三重県鈴鹿市に生まれる。大正14(1925)年三重師範学校を卒業。昭和3(1928)年上京して太平洋画会研究所に入り、高間惣七に師事する。翌4年国際美術協会国内展に出品。6年槐樹社展に出品する。8年東光会が設立されるとその第1回展から参加するが、11年高問惣七らと共に同会を退き主線美術協会の設立に参加する。14年第1回美術文化協会展に出品。17年第5回新文展に「夏の庭」で入選。戦後は25年から旺玄会に出品し、28年第7回展に「二人」「静物」を出品してクサカベ賞受賞、29年第8回展では古橋会賞を受け、同年旺玄会委員に推挙されるとともに、関西旺玄会を設立する。32年三重県立博物館主催による個展を開催する。36年渡欧。58年『市川加久一画集』を刊行する。初期には写実にもとづく具象画を描いたが、戦後間もなくは立体派に学んだ構築的形体把握から簡略化した画面へと転じ、頭部を楕円で表わし目鼻を描かない独自の人物像を組み合わせた群像を多く描いた。

出 典:『日本美術年鑑』平成元年版(273-274頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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