大和智

没年月日:2014/03/21
分野:, (学)
読み:やまとさとし

 日本建築史(特に近世住宅史)の研究者であると同時に、文化財保護行政の専門家。定年退職を控えた3月21日、深夜発生した交通事故で急逝した。享年60。
 1953(昭和28)年11月18日静岡県沼津市に生まれる。77年東京工業大学工学部建築学科卒業、84年同大学理工学研究科建築学専攻博士課程中退。86年東京工業大学工学部建築学科助手(平井研究室)を経て、87年より文化庁文化財保護部建造物課勤務。1990(平成2)年文化財調査官(修理指導部門)、95年文化財調査官(修理企画部門)、98年主任文化財調査官(修理企画部門)、2000年主任文化財調査官(調査部門)を経て、06年筑波大学大学院人間総合科学研究科教授。08年文化庁に文化財部参事官(建造物担当)として復帰、11年同部文化財鑑査官の要職を務める。
 大学院在学中、桂離宮御殿(京都)の昭和大修理事業に工事調査員として関わったのを皮切りに、文化財建造物の保存に関する調査研究の道を歩む。文化庁時代には、修理企画・指導部門の調査官として正法寺本堂(岩手)、勝興寺本堂(富山)、唐招提寺金堂(国宝、奈良)などをはじめ多数の全国各地に所在する国宝・重要文化財建造物の保存修理事業の指導に当たる。特に、95年阪神淡路大震災で倒壊した旧神戸居留地十五番館(兵庫)は居留地復興のシンボルと位置づけ、その復旧に奔走した。また98年の台風による倒木被害を受けた室生寺五重塔(国宝、奈良)の災害復旧に関して迅速な行政対応を行った。
 調査部門の主任文化財調査官としては、文化庁が近年特に力を入れている近代の建造物の保護にも尽力し、東京駅丸ノ内本屋、旧東京帝室博物館(東京国立博物館)等の記念的大建築、天城山隋道(静岡県)、梅小路機関車庫(京都)等の交通関係遺構のほか、田平教会堂・旧出津救助院(長崎)等のキリスト教関連遺構、さらには旧日光田母澤御用邸(栃木)、諸戸家住宅(三重)等の近代和風建築等の指定に関わった。このほか、文化庁が77年から約12年かけて全国の都道府県で行った近世社寺建築緊急調査が終了し、その成果を受けて重文指定された社寺建築について、文化史等の観点から総合的に評価し特に優秀な遺構を国宝に指定する行政課題に対して中心的存在となって知恩院本堂、同三門(京都)、長谷寺本堂(奈良)、東大寺二月堂(奈良)などの秀品を国宝指定に導いた。
 また、国際経験も豊かで、文化庁が90年から始めたアジア・太平洋地域等文化財建造物保存技術協力事業にも早くからかかわり、98年からはインドネシアを担当、同国の木造文化財建造物の保存修復事業を指導してその技術移転を推進した。さらに、日本がユネスコの世界遺産条約を批准した92年から、世界遺産登録を始めたが、推薦第1号である姫路城や法隆寺等の推薦書の作成作業に積極的に加わったほか、日本の木造文化財保存修理に対する理解を深めるため94年に奈良で開催された世界遺産奈良コンフェレンスにおいても「奈良宣言」の起草に深く関わった。このほか、ICCROM共催事業としてノルウェーで開催された木造文化財の保存技術に関する国際研修の講師として数度にわたり日本の木造文化財の保存に関する講義を受け持ったほか、03年からICCROMの理事を4期8年にわたって務めるなど国際的にも活躍した。
 11年3月の東日本大震災では、被災した多くの文化財の救援事業を指揮し、特に被災建造物に関して日本建築学会や日本建築家協会など関係団体の協力を得て保全ならびに復旧に関する技術支援を行う「文化財ドクター事業」を立ち上げたのをはじめ、海外の財団からの復興資金提供の相談窓口となるなど復興事業に奔走した。
 文化庁在職中の昭和末年以降からは文化財建造物の業務の範囲が、近代化遺産、近代和風建築の保存から文化財建造物の防災対策など飛躍的に拡大した時期にあり、特に阪神淡路大震災を機に重点施策となった耐震対策を重視しつつ、一方で文化財の活用による地域再興といった近年の行政課題に対して、その中心的役割を担う要職にあったが、その突然の逝去は今なお内外の多くの人々に惜しまれている。
 著書に『日本建築の精髄桂離宮-日本名建築写真選集19巻』(新潮社、1993年)、『歴史ある建物の活かし方』(共著、学芸出版社、1999年)、『城と御殿-日本の美術405号』(至文堂、2000年)、『文化財の保存と修復5-世界に活かす日本の技術―』(共著、クバプロ 2003年)、『東アジアの歴史的都市・住宅の保存と開発』(共著、日本建築学会、2003年)、『鉄道の保存と修復Ⅱ―未来につなぐ人類の技4』(共著、東京文化財研究所、2005年)など多数。

出 典:『日本美術年鑑』平成27年版(495頁)
登録日:2017年10月27日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「大和智」『日本美術年鑑』平成27年版(495頁)
例)「大和智 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/247357.html(閲覧日 2024-04-27)
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