持丸一夫

没年月日:1954/03/18
分野:, (学)

 東京国立文化財研究所美術部研究員持丸一夫は、昭和29年3月18日、心臓機能不全症による脳栓塞のため、大田区田園調布の中央病院で死去した。享年34歳。大正8年7月7日横浜に生まれ、静岡高等学校を経て、昭和17年9月東京大学文学部美学美術史学科卒業、同年10月美術研究所内の東洋美術国際研究会に入つて、英文日本古美術案内の編集に従事、兼ねて美術研究所嘱託として目本美術の研究にあたつた。19年3月応召、中支にて終戦を迎え、苦難の俘虜生活を約1年同地に送つた。21年5月帰還し、しばらく、旧職の東洋美術国際研究会の残務整理にあたつていたが、22年6月美術研究所に入つた。研究所に於ては、24年6月文部技官となり、大学の卒業論文(論文は司馬江漢の研究)以来手がけてきた、近世絵画史を専攻し、特に、桃山時代の障壁画の研究に力をそそいだ。その間、組合運動に、また、研究所の事務的な面にも仲々の手腕を振つた。また、研究には、きわめて実証的な方法をとつたが、啓蒙的な著述にも力をそそぎ、小山書店発行の「狩野永徳」や吉川弘文館発行の「日本美術史要説」などがある。
論文目録
昭和23年 狩野宗秀に就いて 美術研究147号
昭和24年 豊臣秀吉画像と筆者狩野光信に就いて 美術研究153号
昭和25年 犬追物図攷 国華693号
昭和25年 狩野派 世界美術全集、絵画「日本」Ⅲ
昭和25年 建仁寺障壁画 美術研究157号
昭和26年 宗達と現代美術 三彩53号
昭和26年 宗達筆舞楽図屏風解説 美術研究162号
昭和26年 金碧障壁画の代表作智積院の襖絵について ミユーゼアム9号
昭和27年 名古屋城障壁画筆者考 美術研究164号
昭和27年 桃山時代の極彩色障壁画 ミユーゼアム10号
昭和27年 洛中洛外図屏風 ミユーゼアム12号
昭和28年 名古屋城本丸御殿障壁画 ミユーゼアム22号
昭和28年 石山寺縁起と慕帰絵詞に現われた障壁画 美術研究169号
昭和28年 法然絵伝に現われた障壁画 美術研究171号
昭和29年 桃山時代の絵画 ミユーゼアム34号

出 典:『日本美術年鑑』昭和30年版(173-174頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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