石垣栄太郎

没年月日:1958/01/23
分野:, (洋)

 長い間アメリカに滞在して活躍した洋画家石垣栄太郎は、1月23日脳出血のため三鷹市の自宅で没した。享年65才。明治26年12月1日和歌山県東牟婁郡に船大工の長男として生れたが、16才の時アメリカに在つた父に呼ばれて渡米した。はじめ太平洋岸でレストランのボーイ、皿洗い、ホテルの掃除人、美術骨董品の修理をしながらサンフランシスコの美術学校で絵画の勉強をはじめた。米詩人のウオーキン・ミラーの山荘を訪れ、芸術家仲間との接触で新しい世界が開けた。大正4年ニューヨークに赴き、芸術家街のグリーニッチ・ヴィレーヂに住んでアメリカの自由思想家や芸術家たちと親しく交り、またアート・スチューデント・リーグ美術学校に学んでジヨン・スローンに師事した。大正14年ニューヨークで開催された独立美術協会展に「鞭打つ」を出品してアメリカ画壇に認められ、以後毎年この展覧会に出品し、ニューヨーク・タイムズ紙、ヘラルド・トリビューン紙等にとりあげられて好評を得た。昭和4年ジョン・ノード・クラブの結成と同時にそのメンバーとなつた。また昭和14年美術家団体アーチスト・コングレスの結成に奔走して毎回その展覧会に出品した。ジョン・リード・クラブ結成後、メキシコの画家たちディエゴ・リベラ、オロスコ、タマヨなどと交り、とりわけオロスコの画風に惹かれた。またドーミエやゴヤなどの影響を受けた。昭和26年久し振りに日本に帰つた。彼は、はじめ立体派風の画風に出発したが、次第に写実的になり、風俗を主題にした庶民の生活を描き、また民衆の怒り、悲しみ、反逆を主題として制作した。
作品略年譜
大正14年 「拳闘」
大正14年 「鞭打つ」
大正14年 「街」
大正15年 「二階つきバス」
昭和4年 「新聞を見る」
昭和6年 「リンチ」
昭和12年 「アメリカの独立」(ニューヨーク・ハーレム裁判所壁画)
昭和14年 「強風」
昭和15年 「恐怖」
昭和20年 「ニグロの酒場」

出 典:『日本美術年鑑』昭和34年版(143頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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