広島滉人

没年月日:1951/12/16
分野:, (日)

 元文展審査員、日展出品依嘱広島滉人は、12月16日世田谷区の自宅で没した、享年62歳。明治22年徳島県に生る。本名新太郎、旧号晃甫。香川県立高松工芸学校を経て、東京美術学校日本画科に学び、明治45年卒業した。在学中同窓萬鉄五郎、平井為成等とアブサント会を組織して展覧会を催した。大正8年帝展に「秋の野々宮」「青衣の女」を出品して後者に特選が与へられ、翌年の「夕暮の春」も再び特選となつてその名を高めた。同13年「落葉の丘」を出品し、帝展推薦となり、同14年、審査員に挙げられた。その後も屡々帝展或は新文展の審査員となつた。この間、昭和5年明治神宮聖徳記念絵画館の壁画「外国使臣謁見の図」を完成し、この年日独展覧会委員として渡独、のち欧州各国を巡歴し、同7年帰国した。官展のほか青々会、三春会等にも出品した。その初期の人物画は浪漫的な傾向が強かつたが、次第に写実的な花鳥画に移つた。
略年譜
明治22年 徳島県に生る。
明治40年 香川県立高松工芸学校卒。
明治45年 東京美術学校日本画科卒。
大正8年 第1回帝展に「青衣の女」(特選)「秋の野々宮」出品。
大正9年 第2回帝展「夕暮の春」出品特選。
大正13年 第5回帝展に「落葉の丘」出品、帝展推薦。
大正14年 帝展審査員。
大正15年 第7回帝展「双鵠」出品。
昭和2年 第8回帝展「翠陰」。
昭和3年 帝展審査員。
昭和4年 第10回帝展「惜春余情」出品、無鑑査。伊太利ローマ展「浮巣」。
昭和5年 帝展審査員。明治神宮絵画館壁画「外国使臣謁見の図」完成。日独展覧会委員として渡独。
昭和6年 ベルリン民俗学博物館、ロンドン大英博物館、パリ、ギメ博物館の中央アジア壁画を模写。
昭和7年 独、英、仏、伊、和、白、西等を巡歴帰国、帝展審査員、第13回帝展に「山葡萄の実」を出品。
昭和8年 朝鮮展審査員として渡鮮。
昭和9年 帝展審査員。
昭和11年 文展委員、「あさがほ」を文展に出品。
昭和13年 文展審査員。
昭和14年 第3回文展に「蓮」出品。
昭和16年 第4回文展に「赤装女」出品。
昭和19年 戦時特別文展に「国花」出品。
昭和21年 第2回日展に「春景」出品。
昭和22年 第3回日展に「梅の図」出品。
昭和24年 第5回日展に「窓辺静物」出品。
昭和25年 第6回日展に「秋圃」出品。
昭和26年 12月16日没

出 典:『日本美術年鑑』昭和27年版(139頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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