中沢岩太

没年月日:1943/10/12
分野:, (学)

 京都帝大および京都高等工芸学校の名誉教授、工学博士中沢岩太は病臥中のところ10月12日京都市上京区の自宅で逝去した。享年86。幼名東重郎、安政5年福井に生れ、明治12年東京理科大学の化学科を卒業、16年独逸に留学、20年帰朝とともに、東京工科大学教授、24年工学博士となつた。この間、内国勧業博覧会の審査官、特許局審査官、御料局技師として活躍、明治30年京都理工科大学創設と同時に学長として京都へ移つた。その後京都市工業顧問、陶磁器試験所顧問として工業の指導にあたり、35年京都高等工芸学校の創立とともに初代校長として久しくその任にあつた。43年には文展委員となり、第一部と第三部の審査主任をつとめ、その他各種の展覧会、博覧会等に審査長を依嘱されている。後年は趣味の生活に入り、日本画を狩野友信、前田玉英、洋画を浅田忠に学んだがことに美術工芸会に残した指導的功績は大きい。明治年間以来遊陶園、京漆園、道楽園、時習園の四園を設立して斯界の発展につとめたことは特記されるべきで、さらに昭和2年昭和工業協会となつて活躍をつづけていた。

出 典:『日本美術年鑑』昭和19・20・21年版(89頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「中沢岩太」が含まれます。
to page top