森村宜稲

没年月日:1938/10/04
分野:, (日)

 日本画家、日本美術協会審査員森村宜稲は予て神経痛の為名古屋の自宅に於て加療中の処10月4日急性肺炎のため逝去した。享年68歳。
 幼名悌二、雲峰と号し、別に稲香村舎と号した。明治4年12月26日儒者森村宜民の子として名古屋に生る。幼にして木村雲渓の門に入り、後また日比野白圭に就て大和絵を学んだ。古くより日本美術協会に出品し、後同会の審査員となり、又文展に出品して、昭和6年帝展推薦に挙げられた。主として大和絵の手法を継承し、又雪舟、探幽に私淑し、殊に晩年は田中納言、浮田一蕙の研究に従ひ、自らは多く省筆の作に特色を発揮し小品を得意とした。代表作には展覧会出品画の外に聖徳記念絵画館の壁画がある。尚稲香画塾を開いて門下の養成に当つて居た。
作品略年譜
文展以前
「志賀寺花見」 明治24年京郡絵画共楽会出品、2等賞
御用品
「信長」 名古屋共進会
「栄華物語田植」 日本美術協会
「万蔵楽」 日本美術協会
「春宵」 明治画会
「雨中江村」 明治画会
「鴬宿梅」 久迩宮殿下御下命画
文帝展
大正元年 旧文展第6回「尚歯会」褒状
大正3年 旧文展第8回「奈良祭」
大正4年 旧文展第9回「勅箭」
大正15年 帝展第7回「野干」
昭和2年 帝展第8回 「六代乞請」
昭和7年 帝展第13回「火柱妙供」
昭和8年 帝展第14回「小瀬餌飼」
昭和9年 帝展第15回「槙立つ山」
昭和11年 文展第1回「西行と聖」
昭和12年 文展第1回「颶風」
其他
日本美術協会、東海美術協会毎年出品
聖徳記念絵画館壁画「農民収穫御覧」
桑港博出品「奈良祭」金牌受領
日独展 「鶉」
米国展 「鴛鴦」
仏国展 「養老行幸」
日満展 「芦葉神祖」

出 典:『日本美術年鑑』昭和14年版(111頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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