稲越功一

没年月日:2009/02/25
分野:, (写)

 写真家の稲越功一は2月25日、肺腺がんのため東京都中央区の病院で死去した。享年68。1941(昭和16)年1月3日岐阜県高山市に生まれる。本名幸一。広告会社にグラフィックデザイナーとして勤務した後、70年有限会社イエローを設立し、フリーランスの写真家として活動を始める。71年、アメリカに取材した最初の写真集『Maybe, maybe』(求龍堂)を出版。繊細な感覚のストリートスナップで注目され、73年の『meet again』(写真評論社)ではテレビ画面のみを撮影するなど、社会性や政治性を捨象した新鮮な映像感覚の初期作品により評価を得た。雑誌等のエディトリアルな仕事も多くてがけ、とくに芸能人や歌舞伎役者を中心とする肖像写真には定評があった。シリーズ「男の肖像」(写真集は集英社刊、1981年)により80年第11回講談社出版文化賞写真賞を受賞。主要な写真集に『男の肖像』(集英社、1981年)、『女の肖像』(文藝春秋社、1984年)、『Ailleurs』(フランス コントルジュール社、1993年)、『使いみちのない風景』(朝日出版社、1994年、のち中公文庫、1998年)、『平成の女たち』(世界文化社、1996年)、『三大テノール日本公演公式写真集』(選択エージェンシー、1997年)、『アジア視線』(毎日新聞社、1999年)、『野に遊ぶ魯山人』(平凡社、2003年)、『まだ見ぬ中国』(NHK出版、2008年)など。文章の書き手としてもすぐれ、多くの写真集に自らつづったエッセイを収載した。『風の炎 稲越功一―印度朱光』(キヤノンクラブ、北欧社、1980年)や『記憶都市』(白水社、1987年、同年同題の個展を渋谷西武シードホールで開催)、『Out of Season INAKOSHI 1969―1992』(用美社、1993年)などにまとめられた叙情的な風景写真の仕事は、ライフワークとして続けられ、晩年は松尾芭蕉の足跡をたどる旅をモティーフとした「芭蕉景」と題するシリーズにとりくんでいたが、生前最後の個展となった「芭蕉景」(ライカ銀座店サロン、2009年)の会期中に死去。当初は自らも企画に加わっていた個展「Mind’s Eye 心の眼―稲越功一の写真」(東京都写真美術館、2009年)が死去の半年後に開催され、あわせて同題の写真集(求龍堂)が刊行された。

出 典:『日本美術年鑑』平成22年版(461頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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