横田洋一

没年月日:2008/09/22
分野:, (学)

 横浜浮世絵や明治初期洋画など、横浜を舞台として幕末から近代にかけて繰り広げられた様々な美術活動の調査研究を行った横田洋一は、9月22日、がんのため死去した。享年67。1941(昭和16)年6月6日、群馬県に生まれる。幼少期を中国天津で過ごし、44年10月に帰国。64年3月上智大学文学部新聞学科を卒業し、同年4月に早稲田大学第一文学部美術専修課程に入学。66年3月に同課程を修了する。同年4月、68年の開館に向けて準備段階であった神奈川県立博物館の学芸員となり、自然史、歴史を含む総合博物館である同館で美術分野を担当する。就任とともに同館が所蔵する6000点を越える浮世絵からなる丹波コレクションの調査および横浜ゆかりの美術に関する調査を開始し、69年から翌年にかけて『丹波コレクション目録』第1―3編を刊行。また、幕末に横浜を訪れた英国人画家チャールズ・ワーグマンや、五姓田芳柳・義松といった幕末明治期の洋画、真葛焼に代表される「はまもの」と呼ばれた輸出工芸品など、横浜の文明開化に関わる美術工芸品の調査を進め、勤務先の神奈川県立博物館(95年より神奈川県立歴史博物館)で、76年「横浜浮世絵と長崎版画」展、82年「浮世絵の歴史と横浜浮世絵」展、86年「横浜真葛焼と宮川香山」展、86年「明治の宮廷画家 五姓田義松」展、1990(平成2)年「没後100年記念 チャールズ・ワーグマン ロンドン発・横浜行き あるイギリス人画家の幕末・明治」展、97年「横浜浮世絵と空飛ぶ絵師 五雲亭貞秀」展、2001年「王家の肖像―明治皇室アルバムの始まり」展などを開催した。これらの展覧会図録への論文、解説のほか、共著による単行図書、定期刊行物にも横浜浮世絵や文明開化期に横浜で活躍した画家、写真家などに関する著作を多く残した。これらは、日本における最初の近代美術館となった神奈川県立近代美術館が、土方定一の強い指導力のもとに西洋近代的な狭義の「美術」概念によって展覧会を開催し続けたのに対し、同県下の総合博物館という立場で地域における広義の美術を紹介する展示となっており、日本近代美術史の流れの中でも先駆的業績として評価される。特に、高橋由一と同時代に活躍しながら評価の遅れていた五姓田義松を再評価した功績は大きい。2002年3月、36年間在職した神奈川県立歴史博物館を定年退職。03年4月、関東学院大学比較文化学科特約教授となり08年まで教鞭を取った。1993年3月の中国旅行以降、中国の年画の調査、収集に興味を抱き、十数回にわたり中国を訪れた。年画のコレクションは那須野が原博物館に所蔵されている。2002年12月、04年2月にはインドを訪れている。逝去の翌年、横田洋一論文集『リアリズムの見果てぬ夢―浮世絵・洋画・写真』(横田洋一論文集刊行会編、学藝書院、2009年)が刊行されており、履歴、業績等は同書に詳しい。

出 典:『日本美術年鑑』平成21年版(437-438頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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