松本修自

没年月日:2003/07/02
分野:, (学)

 奈良文化財研究所埋蔵文化財センター保存修復工学研究室長の松本修自は、7月2日、膵臓がんのため死去した。享年52。1951(昭和26)年1月9日、東京都新宿区に生まれる。73年3月、早稲田大学工学部建築学科を卒業、同大学大学院理工学研究科に進み、75年3月、同大学院修士課程修了。同年4月、奈良国立文化財研究所に採用され、平城宮跡発掘調査部遺構調査室に配属される。同研究所飛鳥藤原宮跡発掘調査部、埋蔵文化財センター研究指導部測量研究室、平城宮跡発掘調査部遺構調査室に勤務し、79年12月から84年4月まで飛鳥資料館学芸室併任。同資料館では、81年に山田寺金堂の修復模型を設計、製作し、図録『山田寺の伽藍と建築』を編集執筆した。83年には日本古代の小建築論の一環として全国の瓦塔を調査し、『小さな建築―瓦塔の一考察―』を刊行した。84年には、厨子、仏龕、小塔の建築的位置付けを論考した図録『小建築の世界』を編集した。85年11月から翌年6月まで、文化庁から派遣され、イタリアの文化財修復国際センター(イクロム)において歴史的記念物の保存に関する研修を受ける。1993(平成5)年10月、東京国立文化財研究所国際文化財保存修復協力室に主任研究官として異動。95年4月には同研究所修復技術部第二修復技術研究室長となる。97年10月、同研究所国際文化財保存修復協力センター保存計画研究指導室長となる。99年3月から同年8月まで、文部省在外研究員としてギリシャ、イギリス、イタリア、ドイツを歴訪し、ギリシャアクロポリス修復史研究やドイツとの文化遺産保護協力など、国際協力事業の推進に尽力した。2002年4月、奈良文化財研究所埋蔵文化財センター保存修復工学研究室長として異動し、国際的な視野のもとに日本の遺跡・建造物の保存修復理念の再構築に取り組んでいた。没後、同研究所内の有志によって、『松本修自遺稿集―保存修復の昨日から明日へ』が刊行され、業績一覧と代表的な論文11編が収録された。国際的な協力事業に豊かな経験と学識、堪能な語学力が生かされ、飄々とした風貌とユーモアあふれる温厚な性格で、所内でも親しまれていた。

出 典:『日本美術年鑑』平成16年版(300頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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