景山春樹

没年月日:1985/07/22
分野:, (学)

 文学博士、帝塚山大学教授、木下美術館長、元京都国立博物館学芸課長、景山春樹は、7月22日午後4時12分、胸せんしゅのため大津市の大津市民病院で死去した。享年69。大正5年(1916)1月9日、滋賀県大津市に生まれる(景山家は比叡山の公人の家すじ)。昭和14年3月、国学院大学文学部史学科を卒業後、同年5月より京都市教育局学務課に勤務。昭和16年1月に、恩賜京都博物館鑑査員となり、昭和19年より同21年までの応召を経て、昭和27年4月、文部技官に任ぜられ京都国立博物館考古室長兼普及室長、昭和45年、同館学芸課長などを歴任し、昭和51年3月、同館退官。この間に、昭和39年7月に『神道美術の研究』に対して国学院大学より文学博士の学位を授与された。昭和51年4月からは帝塚山大学教授となり、昭和52年1月には木下美術館館長を兼任した。この他、昭和32年4月より昭和51年3月まで滋賀県文化財専門委員、昭和38年4月より大津市文化財専門委員として郷土の文化財行政にも力を尽す。昭和60年7月22日、正五位に叙せられ、勲四等瑞宝章が贈られた。その研究は、それまで未開拓であった神道美術史の分野で著しい業績を残し、第一人者として活躍した他、仏教文化史の方面にも及んでいる。主な著書に『神道美術の研究』(神道史学会1962)『史蹟論攷』(山本湖舟写真工芸部1965)『神道の美術』(塙叢書1965)『比叡山』(角川選書1966)『神道美術』(至文堂「日本の美術」1965)『近江路(角川写真文庫)』(角川書店1967)『比叡山その宗教と歴史』(NHKブックス1968)『神体山』(学生社1971)『近江文化財散歩』(学生社1972)『神道美術』(雄山閣1973)『考古学とその周辺』(雄山閣1974)『比叡山寺その構成と諸問題』(同朋舎1978)『神像神々の心と形』(法政大学出版局1978)『みやまんだら(近畿日本ブックス3)』(綜芸社1978)『比叡山と高野山』(教育社1980)『続みやまんだら(近畿日本ブックス6)』(綜芸社1980)『神道大系-日吉-』(神道大系編纂会1983)『舎利信仰-その研究と史料-』(東京美術1986)などがある。

出 典:『日本美術年鑑』昭和61年版(254-255頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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