1896(明治29) 年6月16日


 六月十六日 火
 九時一寸過ニ杉氏ニ逢つて貸家一件の断を云つた 十時半頃ニ出懸けて先づ天真道場を見舞ひ久米の処で留守を食ひ上野の美術学校へ行きギメからの手紙ニ付ての話を剣持氏ニ逢つてきめて仕舞つた それから精養軒ニ這入つてめしを食ひ後池の端を少し歩いた 此時の暑さハ実ニ非常 橋口に寄りしばらく話し又清秀の内へ行て長話をした 直とお榮さん丈だつたが話て居る内ニ清秀も帰つて来た 帰る時ニ大雅堂の画と南溟の画を持て帰つた 其代りとして夜内の掛物を八幅程贈つた 夜九時頃から母上と赤阪の地蔵の縁日に行き草花など買つて帰る 今夜座敷の中の蚊は非常だ 寝て聞て居ると怖ろしい音楽をやる