本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。



1896(明治29) 年4月15日

 四月十五日 水 (吉野紀行) 七時頃ニ起された 今朝霧雨で景色がぼんやりして居る体ハ丸で仏蘭西の秋から冬ニかけての天気の様だ 宿の若主人の杏之助の案内で権現様から吉水神社又如意輪堂等を見物した〔図 吉野にて〕 それから案内者に別れて一目千本と云処の谷ニ下り花見をして十二時過ニ宿屋ニ帰り杏之助の頼で桜花の画をかいて二時ニ立つた 今日もいゝ天気ぢやないが雨ハ止んだので道ハよく為つた 今度ハ六田の渡を渡らないで下市とか云村ニ向つて行た 此の村ニ芝居で名高い寿司屋の弥助の家が有るのでそれを見ニ行つたのだ 寿司など食て一寸休息した 高田ニ暗く為つてから着た 七時半の汽車で大阪へ入る 時ニ九時過 中村の手引で丸万と云処でめしを食ふ 此の丸万ハ東京の松田 隣ニ座つて居た酔つ払いニ洋服やシヤツポの悪口を云ハれた 料理の安いのニハ驚いた 二人で五十銭余 又中村の案内で大和橋ぎハの或る宿屋ニ行たがさばかり今少々進んで大イと云ニ入つた 非常ニきたない家だ 中村ハ丸万の酒ニ酔ふて直ニねて仕舞つた

to page top