本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。



1896(明治29) 年4月14日

 四月十四日 火 (吉野紀行) 八時四十分の大阪行の気車に乗つて王子迄行き此処で桜井線ニ乗り替へ高田で下りた 時ニ十時半頃 雨も全く本式ニ為つて来た ステーシヨン前の茶見世で茶漬同然のめしをかき込み車を命じて吉野ニ向つた 此の高田から吉野迄ハ五十町一里で六里だそうだ 車代一台で八十五銭 雨降だから二割増しと云事 三時十五分前ニ吉野川ニ来て六田の渡を渡つた 此の六田から吉野までハ僅一里 併しこれからハ坂道で車ハ通るが乗る訳ニハ行かぬ 道の両側ニ桜が有るので吉野ニ近づいた様な心地がして来た 六田の渡場の辺ニ山籠がいくらも見へ又籠に乗つて山を下つて来る人も見受けた 成程此の道ハ籠でなけれバだめだ 金の鳥居の左脇の巽屋と云ニ泊る 此の宿屋ハ此の宿一等の宿屋だと云話だ

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