本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。



1896(明治29) 年1月29日

 一月二十九日 水 (京都日記) 恩順師が柴狩娘を一人連てやつて来たのハ十二時半頃 中々以ていゝ手本だ オレの注文通り妙々 直ニ其娘を利用して四時頃迄勉強 一時過ニ中村が大八木を連てやつて来た 中村ハ横山さんからオレがお土産ニもらつたボンタンだの蜜柑だの写し始めた 四時頃ニ横山さんが見へたので画をやめニして中村も引出して京極を見物しそれから西京極の神田川ニ御案内をして天ぷらを甘く食た それから折角の事故京都名物の第一等の舞子の舞を御覧ニ入れんと思ひ一力亭ニ押懸けた お春さんが内ニ居たのでマアマア都合よく運び十一時ニ去り木屋町の一波楼ニ一寸立寄りステーシヨンへ走る 中村も此処迄見送ニ来てくれた Madame Yokoyama は御満足の体で十二時七分と称スル汽車ニ乗られた 今日ハ M.M.Collin, Bruce, Ed. Van Halteren, Kawamura et Mme Van Halterenへ写真及手紙を出した

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