六月十九日附 グレー発信 母宛 封書 いつもおかわりなくおげんきさまのはづおんめでたくぞんじあげまいらせ候 わたくしこともいつもいつもげんきでべんきよういたしてをりますからどうぞどうぞごあんしんくださいまし このごろハもうほんのなつニなりましたようですけれどもこちらハそんなにあついことハございませんよ わたしハこゝのいなかでこのなつハくらすつもりでございますよ せつかくおゝきなゑを二つほどかきかけてをりますからぜひこれだけハかきとろうとおもひますよ そのかきかけてをりますゑといふのハひとつハこないだ父上様にあげますてがみのなかニかきておきましたのです もうひとつのハうちのなかでおんながほんをよんでをるところです これハうちのなかのゑですからあめがふつてもかくことができます てほんをやとうぜにもぱりすとするとよほどおやすうございますからしやわせでございます このごろハあさの九じから十二じまでとおひるごハ二じはんから七じはんまでてほんをやとつてべんきようをいたしますよ なかなかおもしろいことでございます いまかきかけてをりますこの二まいのゑをかきとつたならぱりすへかへつていつてかきかけてをきましたゑにまたとりかゝろうとおもつてをります そちらでハまたおとうぢにでもいらつしやるだろうとぞんじますよ わたしはことしはたびなんどハおやめです まづこれぎり めでたくかしこ 母上様 新太 せつかくおからだをたいせつになさいまし
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一月三日 金 (京都日記) 正午十二時頃に中村が来て夕めしニ松原と三人で四条のかきめしニ行