本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。



1901(明治34) 年3月10日

 三月十日 日 雨 (欧洲出張日記) 今日も雨だ 十一時頃から出てパレー・ヂユカルを見てそれから又昨日見た美術館に行た パレ・ヂユカルの壁や天井の画はヴエロネーズ チシヤン チントレツト等の筆だ 中々立派なものではあるが皆油画だから黒々として光つて居てよく見へないのが多い どうも壁などにハこう云油画は余り適当しないやうだ 矢張フレスクに限る そうして此の人達の画は肉の色などはいかにも甘いがコンポジシヨンなどが少し芝居めいた処が有つて賎しいやうに思ハれる しかし就中ヴエロネーズが甘くペルスペクチーブをやつたのにハ驚く 又此のパレの中に昔の牢屋が有る 美術館でハ今度はよく昨日の見残しを見た カルパチヨの画などハ実にまじめに根よくかいたものだ 総てゞ九枚ある続きものでサント・ユルの物語がかいてある 美術館を出て帰りの汽船に乗る為めに舟着場ニ乗ると人が沢山溜つて居る 其内に傘もなく茶色の肩掛に体を包んで立つて居る十七八の美人が居た こんないい面の女は今度の旅行中でハ未だ見ない 丸でチシヤンか誰かの画の中から抜け出したやうな女だ 処で能く能く見ると重そうに頭の上に盛り上つて居る髪の毛にそれハそれハよくもこれ程に立派に育つたものかなと思ふ程こてと虱の玉子が附いて居た 之れにハ二度びつくりさ 二時に昼飯を食ふ 雨降だけれども三時頃から市中を散歩した 今日は日曜で大抵な見世ハしまつて居るので見るものもなく淋みしいから四時頃に宿屋に帰り手紙など書く 夜は又部屋に火をたいて日記附けなどやつた 佐野は十一時頃に寝て仕舞つて久米と二人で起て居た 十二時半頃に床に入る 今夜十一時半頃からますます雨が強くなり風も加ハり雷も鳴り出し十二時少し前には海の上に稲光が三ツ四つ烈しく光た

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