本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。



1901(明治34) 年3月3日

 三月三日 日 雨 アレツゾ (欧洲出張日記) 今日も亦雨だ もう此処ぞと云て見る処もないが汽車の都合で今朝は此処に居なけれバならないのでサント・カトリヌ・ド・シエンヌといふ昔話に名高い女の生れた家だといふのを見に行た 今は寺に為つて居る それから坂道を下つて昨日の兵隊屋敷だと云つた処の裏の崖の下に在るフオンテ・ブランダといふ水溜を見る 此の水溜はボカスやダンテなどの詩の中に書き込であるといふので名高いのだ 二時二十分の汽車でシエンヌを立つた 五時十五分にキユーシに着いて此処で珈琲を飲だり又少し冷肉など食て乗かへの車の来るのを待つて居た 五時五十五分に同処を発して七時にアレツゾに着いた 今夜の宿はホテル・アンギルテーラといふのだ 此のホテルの部屋は可也いゝ ストーブも付いて居るので火をたいてあたつて三人で児供の時の話などした 又寝床にあんかを入れて呉れたのはよかつた 其あんかといふのは随分不思議な形のもので丁度椅子を横にしたやうな物で木で骨組が出来て居り其真中にかぎが有つてそれに土焼の造りつるげのつるの附いた小さな火鉢がぶら下つて居る 始めて見た 中々重宝な品だ 参考の為に其形を写し取つて置く 〔図 あんか〕

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