1896(明治29) 年12月27日


 十二月二十七日 日 (房総旅行記)
 目がさめて見れバ雨だ 小代と久米ハ囲碁をやらかしオレハ又狂歌などで暇をつぶした 十一時頃ニ為つてはれたから車を雇て出かけた 四天木村ニ着たのハ二時 宿屋ハ高砂屋と云ひ下女の名ハあつ 直ニ食物を云ひつけて食ひ御酒も少々きこしめしそれから宿の亭主を案内ニ引連れて浜見物ニ行た 此の辺の景色が左程ニよくないから明日ハ又何処かほかの処ニ行て仕舞ハんと云気が出たからいゝかげんニ云て暇乞した 全体此の辺の浜の景は至極平たく広い計で家などが一向味が無い 夕方又宿屋ニ帰つて来ていろいろ評議の末いよいよ房州の方へ向つて行ふと云事ニ極まつた 今朝大網を立つてから途中の道悪るい事や牛ひきと車屋とのけんくわなどニついて狂歌などやらかした それをやりつゝめしをすました 何しろ景色がよくなかつたのでいやニ気がいらだつ様ニなりそれニ宿帳をつけニ出て来た男がなまいきな様な奴で気ニ食ハず手を拍いて下女を呼で何か云ひつけても急ニ仕事をせず一時ハ余程気持が悪く為つた 先づ下女ニ銭を二十銭やつてオレなんかゞ呼だら直ニ来いと云ひつけてそれから花がるたを買ニやつた これから心持が少しづゝ直つて来た 内へ出す手紙をかき十一時頃まで三人でかるたとりをして遊だ 寝る時ニ為つて新らしい敷ぶとんが出て来たので全く心地が直つた 此の辺の気候ハ東京より余程暖かな様だ