本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。



1896(明治29) 年12月7日

 十二月七日 月 (京都日記) 今日ハ佐野 小代 菊地の連合の手紙 和田 山本などよりの手紙が届いた 昼迄ハ何処ニも出ず 昼めしを三人で食て出町橋ニ近い方へかきニ出た 曇天気で余り面白くなかつたから四時頃ニ皆揃つて内へ帰つた これからめしと云処ニ大勢の仲居お春が攻めかけて来た 払をしておつぱらひバンブウへ行た しばらくすると火事だと云ので飛出して行て見ると中村の家より二町程先きの時計の会社か何かだと云話 中村ハ其儘内へ止まりオレハバンブー引かへした 安と二時頃ニ内へ帰る 湯ニ入り一時過ニねる

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