三月二十日附 パリ発信 母宛 封書 二月十日のおてがみけさあいとゞきさつそくはいけんつかまつり候(中略) こないだのころはゑのけいこはよるばかりいたしましたがこのごろはよるのけいこはやめましてひるま二じから五じごろまでけいこをいたします あいかわらずゑのせんせいはていねいにしてくれますからしあわせでございます このまへのしゆうかんはそのゑのがつこうにてゑのかきくらがございました おとこのはだかぼをやきずみでかくのが一つとだびどとゆうひとがそうるとゆうとのさまのまへでことをひいてをるところのゑをゑのぐをつかいみたてゝかくのが一つでした わたしハがつこうにいくもんですからほかのひとたちのようにねんをいれてかくことができずそれゆへおとこのはだかぼうのゑハ六ばんでしたけれどもだびどがことをひいてをるゑでは一ばんをとりましたからごあんしんくださいまし(後略) 母上様 新太郎拝
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一月二十三日 (従軍日記) 海岸ノイソガシキ相様ヲ見ニ行 遂ニ大西荘ノ景ヲ写して帰る