1892(明治25) 年11月22日


 十一月二十二日 火
 今日ハ昨日より又一層寒い様だ 雲空也 朝も昼後も庭ニ居テばらの花を研究す 色々かいて見ても中々位置が甘く行かぬのでけして仕舞た もうやめると云時ニ為てから一寸出来て来た様だ 籠ヲ置く事ハやめた 和郎が例の如く七時頃迄話しニ来た 夜ハ美陽方て九時頃迄小美天などゝ数つなぎをして遊ヒそれから墓場の上の方ニ行て北風のピユーピューする処で野ぐり裏道を通つて帰る 昼後の便で久米 河北からの端書がつく