本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。



1901(明治34) 年8月16日

 八月十六日 (箱根避暑旅行日記) 南風強くして白き雲二子山の方へ飛ぶ事甚し 清風亭の庭より湖水を隔てゝ屏風山の方を望たる風景の中に少女を立たせて避暑といふが如き意味の図を作る 今朝湖水ニお精霊様を流しニ来る人多し 供物を水ニ投じ水際の砂地に線香を立て又火を少しく焼き恭しく拝を為して去る 仏教的習慣を心得ざる拙者にハ何れかの外国の人の仕業を見るが如きの感有り 午後権現の境内より姥子街道を少しく歩く 風は有れども雲の切れ目に照らす日光は中々強く汗を催したり 七日以後に届きたる友人等の書状を一と纏めにして東京の留守宅より送り来れり 夕方に為り雲は盡く北方へ走り去つて霧之れに代り忽にして所謂咫尺を弁ぜずと云ふ体ニ為り又少しく雨も加ハりたり 風は依然として止まず 之れでハ夜食後の散歩も叶ハぬ 縁側にてお百度を踏むの外なし

to page top