本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。



1901(明治34) 年8月10日

 八月十日 (箱根避暑旅行日記) 夜中より降り出したる雨は今朝も止まず 斯様な降にてもお立ちなさるかとの番頭の問に然りと答て準備を為し竹輿にて八時半頃出発す 一昨年七人組で一泊したる梅屋の主人何やらん紙に包んだる品物を贈る 商業上手なる事感心の至なり 雨中の竹輿旅行中々趣味有り 十時前芦之湯池尻と云所にて少しく休息す 芦之湯を通り曾我兄弟の墓前を過る頃は十時半なりし 此辺細かなる紅の花多く咲けり 夏雪といふ花の由なり 是れより半時間余にして元箱根村ニ着し武蔵屋に入る 箱根権現に近き所元代官屋敷なりしと云ふ処に武蔵屋に属する貸席有り 清風亭といふ其家に住居を定む 但し家の全部を占領したるに非ず 湖水に近き方の二た間丈を一日一円にて借り受けたり 他の一部にハ書生体の男二三人宿泊す 今晩雷鳴す

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