六月二十四日附 パリ発信 母宛 封書 (前略)やつぱいまいじつゑのけいこをいたしておりますからどうぞどうぞごあんしんくださいまし このまへのにちようびにはくめさんと一しよにゑのせんせいのうちにあすびにいきましてごちそうになりました いつもしんせつにしてくれます ことしのなつやすみにもきよねんのやうにすこしたびをしようかとおもつてをりましたが なつのきものを一つつくりそれからほうりつのせんせいにまいつき百ふらんにつぽんのおかねで二十五六えんばかりつゝはらうもんですからさきへさきへとすこしづゝつかいこみそれゆゑおかねがすくなくなりました このあんばいではとてもたびなどわできません こまつたものです よいびんのときになにかおくつてくださいますときにはしなかずはすくなくてもすこしかねめのものをおくつてくださいまし そうするとこちらでせわになるひとやまたこんいにするひとなどにおくりものをいたします(中略)わたしのゑのせんせいはきんしやなんどがたくさんはいつてぴかぴかしたのはきらいです いろあいはなりたけじみないろがすきにてぎたぎたしいのはきらいです それゆえいまできるあたらしいきれよりもふるいきれのほうがいろもよくきれもよいとゆつております(後略) 母上様 ぶじ 新太拝
続きを読む »
本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。
八月七日 日 十二時十五分の汽車で平田と同道暮村へ行く 清泉駅より美天 森江両夫人ト連ニ為る 皆と清泉の森ニ遊