本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。



1892(明治25) 年8月27日

 八月二十七日 (ブレハ紀行) 三分龍へ六時頃かニ着 之レから乗合でパンポルニ十一時少し過ニ着 久米ト次郎公が迎ニ来て呉れた 別仕立の馬車でアルクエスト迄行島ニ渡り宿屋ニ着た時ハ一時半頃 宿屋の客ハウードビルと云英人夫婦 亭主ハ新聞絵かきだと云 其他ニハ巴里生れで今でハベルサイユニ家を持て居ると云何職だか知れない親爺と其娘と又其娘の娘と三人 われわれ三人入れて都合八人也 去年の様な気楽な訳ニハ行かぬぞ 宿屋ニハ部屋がふさがつて居るのでオレは宿屋の亭主の母の内と云のゝ一室ニ寝る事と為る

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