1921(大正10) 年9月17日
九月十七日 土 午前松岡氏返電ノ件 午後水野子 大河内子 五時半下村氏暇乞 五時三浦男電話侯爵ヨリノ伝言好都合
本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。
九月十七日 土 午前松岡氏返電ノ件 午後水野子 大河内子 五時半下村氏暇乞 五時三浦男電話侯爵ヨリノ伝言好都合
九月十九日 月 午前九時総理官邸 十時協議員会
九月二十日 火 大迫氏訪問 小笠原邸(青木子) 徳川邸(水野子 三浦男) 下村氏明朝出発
九月二十一日 水 二時議長官舎 午前十時松岡氏 十二時頃岸本喜右衞門氏 小 水 青ノ三君来邸 徳川邸
九月二十三日 金 (鎌倉) 島津邸 小笠原邸 園遊会小町園 夜八時鎌倉雨潤会
九月二十四日 土 (鎌倉) 資英 三郎来 午前九時三浦男来訪
九月二十五日 日 (鎌倉) 早川邸協議員会
九月二十六日 月 (鎌倉) 午前十時研究会総会 三時外務省 四時調度寮 鎌倉ヨリ花山院侯ト同行
九月二十七日 火 午前十時澄宮様御用午後三時頃ニ至ル 吉谷 田中同道 渡邊氏 夜仲氏 元園町問題解決
九月二十八日 水 教育行政午後二時ヨリ五時半迄 午前十時ヨリ水野子 午後青木子 大河内(敏)子 夜芝邸 飯倉邸 一時前帰宅
九月二十九日 木 三時半御写真部至五時半 小笠原君 松岡ト語ル
九月三十日 金 要塞許可期限 納税期限 午前学校 午後御写真部 澄宮御殿七時
十月一日 土 二時十人会蜂須賀侯 九時小笠原邸
十月二日 日 雨 訪客計六名 午後 新納謙助氏大和無盡ニ関スル話 子息ノ件 渡邊銀次郎帝展出品画批評 新橋堂ヘノ注文ニ付 櫻井知足光瀾社展覧会開催報告 今夜泊ル 静子殿花園町家屋修繕ノ件 金山平三君夫婦連四方山話
十月三日 月 紅葉館十三円後赤坂福住
十月五日 水 半晴 夜雨 十時小笠原邸 五時水野子 酒井子来 九時×十二時過徳川邸
十月六日 木 午前十一時文相官邸午後二時ニ至ル 岡田氏ヘ中村氏ノ写真五渡ス 中澤 竹内二氏(小学校ノ件) 吉谷氏写真帳ノ件 小川氏(免官ノ件) 梶山氏
十月七日 金 曾我 銀田中
十月八日 土 雨 午前七時半ヨリ電話 徳川侯 平塚小川氏ヨリ 水野子爵ヘ 後チ十一時過正木氏ヨリ 又一時頃正木氏ヘ山本海軍大佐出品ノ大理石 午後一時過小川氏入来 功労ニ対スル件 同三十分久米氏及ビ松岡氏来訪 巴里出品ニ就キ手順ノ打合セヲナセリ 四時ヨリ徳川侯邸ヘ赴ク 侯爵並ニ三浦男ニ面会シ特派員問題ヲ提出ス 五時高輪南町ナル北白川宮御殿ニ伺候シ両殿下ノ御前ニ於テ講話ヲナシ七時退出 再ビ徳川家ヘ向フ 水野子 三浦男ト協議 十一時前帰邸ノ侯爵ヘ報告シ尚ホ談合十二時半辞去ス
十月九日 日 雨 午後渡邊氏来診 坂井氏国民理事会ニ於ケル決議事項報告ノ為ニ入来 談話中ニ水野子 三浦男同道入来 昨夜ノ相談ニ基キ一部実行 更ニ相談ノ上先ヅ三浦男去リ暫時水野子残ル 六時前二氏再ビ見エ浦男ヨリ話ヲ聴キ同三十分浦男ニ送ラレテ水子ト蜂龍ニ入ル 主賓公爵 頼倫侯 蜂侯 大木伯 頼壽伯 小笠原伯 松木伯 勘解子 青木子 前田子 酒井子 水野子 大河内子 九時二十分頃散会 (欄外 徳川公爵送別之宴於新橋蜂龍)