1918（大正7） 年9月23日
九月二十三日 月 雨 気温昨日ノ如シ（鎌倉） 白山松哉翁来訪 午前十一時半ヨリ午後四時マデ語ル 来意ハ例ノ漆工科ノ苦情ナリ （欄外 本月ヨリ美術学校西洋画科新制度実施ノ筈）
本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。
1918（大正7） 年9月24日
九月二十四日 火 暴風雨 気温少シク上ル（鎌倉） 暴風雨ナリ 午後二三時頃最モ烈シカリシガ如シ 閻魔川汎濫シテ左岸ノ低地ハ一面ノ湖ト化シタリ
1918（大正7） 年9月25日
九月二十五日 水 晴（鎌倉） 四五日仕事ヲ休ミタレバ今日コソハト思ヒ居タリシニ又々ダメニナリタリ 梶原貫五東京ヨリ及ビ当地ノ岡村三郎来ル 何レモ作品ヲ持参シ批評ヲ乞ヘリ 黄昏時照子ト水道路ヲ散歩シ水害ノ跡ヲ覧ル
1918（大正7） 年9月26日
九月二十六日 木 晴（鎌倉） 静カナル秋ノ日和ナリ 午前十時頃鎌倉女学校長田邊新之助君来訪 来月二日女学校ニテ講演ノ事ヲ嘱セラル 十二時過東京ヨリ遠藤達之助作品ヲ持参ス 同四十四分ノ汽車ニテ横浜ヘ赴キ三時出帆ノ伏見丸ニテ渡米ノ中條君ヲ見送ル 見送人乗船切符ノ制アルヲ知ラズ困難セリ 仲 石橋ノ二氏ニ出遇ヒ出帆後波止場ノ休憩室ニテ一時間許談話シ五時十六分横浜発帰荘ス 中條君ニ石井大使 Woodward Bortlett Griffin ヘノ名刺ヲ托セリ
1918（大正7） 年9月27日
九月二十七日 金 雨（鎌倉） 午前八時四十七分鎌倉発同十時十分東京駅着 直ニ登校 各教室ヲ見回ハリ後校長ニ新制度実施ノ模様ヲ報告シ顔料研究ノ時機ナル事ヲ述ベ漆工科ノ紛議ニ付聴ク所アリタリ 此外鈴川氏ト級長ノ事ヲ談合シ又大村学監ヨリ修学旅行見合ノ相談ヲ受ケ午後二時過退出 精養軒ニテ急ギ午食ヲ取リ美術院及二科会ノ展覧会ヲ一覧シテ帰邸シ約一時間在邸 用事ヲ処理シ六時半新橋駅発帰荘
1918（大正7） 年9月28日
九月二十八日 土 曇（鎌倉） 諸方ヘ電報ヲ送ル 四時ヨリ聴雪荘ヘ赴ケリ 夜ハ画題選定ノ為歌書ナドヲ見ル
1918（大正7） 年9月29日
九月二十九日 日 驟雨（鎌倉） 勇助来リテ庭ニ散歩道ヲ造ル 島田卓二午前十時前入来 続テ本田雄五郎君紹介ノ松尾松濤ト云フ人来ル 二人トモ文展ノ出品ヲ持参ス 来客ノ為時刻少ク遅レテ四時過ヨリ聴雪荘ヘ出向キ七時前帰宅ス 玄関ニ吉田健夫ノ画布アリ 是モ亦文展向ナリ 九時迄語レリ 今夜枕頭ニ一種美音ノ虫声ヲ聴ク
1918（大正7） 年9月30日
九月三十日 月 朝驟雨 後晴 後又小雨（鎌倉） 朝九時半発出京 夜亦九時四十分発帰荘照子同伴 午後一時女子学習院ニ於ケル院長 部長ノ送迎会ニ出席ス 岡 島田 川上 櫻井外一名ノ作品ヲ批評ス 大塚外数名来ル 五時頃ヨリ新任ノ原首相及ビ床次内相ヲ歴訪ス 磯谷ニ寄ル
1918（大正7） 年10月1日
十月一日 火 雨（鎌倉） 勇助来リテ雨中外囲リノ溝ヲ造ル 時々出テ其工事ヲ視内ニテハ読書セリ
1918（大正7） 年10月2日
十月二日 水 雨（鎌倉） 当地ノ高等女学校第十四回ノ紀念日ノ由ニテ約束ニ依リ午前十時ニ同校ヘ赴キ式後洋画ニ関スル講演ヲ為シ十二時半頃回ル 朝鮮關屋貞三郎君ノ書柬ニ対シテモ打電セリ 夜書類ノ整理ヲナス
1918（大正7） 年10月3日
十月三日 木 雨 午後霽（鎌倉） 午後三時頃ニ至リ漸ク霽レタレバ四時過俥ニテ出懸ク 門前ニテ漆工科ノ卒業生二名ノ来ルニ遇フ 分リタル用向故家ニ引返サズ俥ヲ下リテ語リツヽ停車場前迄同行シ別レテ聴雪荘ヘ赴ケリ 樹木ノ幹 山ノ一部ナドヲ僅三四十分間描キ夜ニ入ル 待タセ置タル俥ニテ回レリ
1918（大正7） 年10月4日
十月四日 金 曇 夜又雨（鎌倉） 十時過岡村老夫人来訪 午後三時頃三良君作品ヲ持参ス 四時ヨリ聴雪荘ヘ行キ仕上ヲナシ一ト先乱橋ヘ持チ回ル 往復共俥ヲ用ユ
1918（大正7） 年10月5日
十月五日 土 曇 朝夕雨（鎌倉） 鎌倉午前八時発東京駅下車 午後六時三十分新橋駅発 文部省主任会議 美術学校修学旅行見合申渡 アジヤンター壁画ノ模本日本橋倶楽部陳列 十一時半文部省ヨリ学校ヘ赴キ修学旅行取止メノ事ヲ生徒ヘ達シ午後一時過精養軒ニテ藤 岡 中ノ三氏ト共ニ午食ヲ取リ後チ日本橋倶楽部ニ壁画ノ模本ヲ一覧ス 大塚写真師ノ特別ナル接待ヲ受ケタリ
1918（大正7） 年10月6日
十月六日 日 晴（鎌倉） 文部省ニテ審査委員ノ総会アリ 大臣 次官モ出席 挨拶アリタリ 又引続キ部会ヲ開キ鑑査ノ日割等ヲ定メテ十二時前引取ル 今朝ハ昨日ト同時刻ニ出京シ会議後平河町邸ニテ午食ヲ認メ知足ニ二三ノ用事ヲ申付三時新橋発帰荘
1918（大正7） 年10月7日
十月七日 月 雨（鎌倉） 本日ハ一ト先引上ゲノ事ト極メタレバ内中片附ケニ掛ル 午後二時頃山脇ト云ヘル近頃隣地ニ移住セル人来訪 村田水産翁肖像ノ件ナリ 断ル 十時半頃磯谷ノ佐藤額縁ヲ持参ス 特別委員三名ニテ予選ヲナセル筈ナリ （欄外 鑑査第一日）
1918（大正7） 年10月8日
十月八日 火 薄日 午前九時半会場ニ到リ十時頃ヨリ本鑑査ニ掛リ午後四時半頃退場ス 石橋氏ヲ推薦シタル件ニ付今夜朝日 やまとヨリ電話カヽリ又日日ノ原田氏及ビ時事ノ山梨氏来ル 外ニ中井 仲 岡田ノ三氏来訪 学校ノ習学旅行見合ニ付小林君二回 大村君一回会場ニ来訪 会場ニテ寺崎君ニ遇ヘリ 余程ノ難症気ノ毒ノ至ナリ
1918（大正7） 年10月9日
十月九日 水 薄日 午前中出品画ノ補筆ヲナシ又落款ヲ入ル 午後一時五分前自動車ニテ家ヲ出一時十五分頃鑑査場ニ入ル 三時半頃鑑査終了ス 入選総数八十九点也 美術記者団ノ望ニ任セ感想談ヲ筆記セシメ四時半退場セリ 赤小豆ノ簸分ヲ搬入ス 森総長ニ博物館所蔵ノ大仏師ノ伝ヲ坂井木彫史編纂ノ為騰写ノ許可ヲ得ン事ヲ頼ム 夜朝日新聞記者某氏来リ和田三造辞職ニ就キ意見ヲ聴キ度シトノ事ナリシガ此事全ク未知ナレバ断リタリ 然ルニ同記者ハ既ニ当人ヨリ聞及シトゾ
1918（大正7） 年10月10日
十月十日 木 曇 夜雨 休暇日ナリ 午前十一時長田未亡人仲子殿入来 故秋濤ノ実弟戒三君ノ新計画ナル株式会社ノ為メ株式募集ノ勧誘ニ就テ見エタリ 同女ハ近来高樹町ニ住居ノ由 秋濤発病ヨリ死去迄ノ模様ナド委シク聞クヲ得タリ
1918（大正7） 年10月11日
十月十一日 金 雨 美術学校授業 博物館ニテ総長ニ面会ス 文展ノ画題確定
1918（大正7） 年10月12日
十月十二日 土 小雨 午後霽 午前中ノ訪客ハ久米桂一郎 武内鶴之助 久米民十郎 高橋某（書画刊行会）午後一時半陳列終了ニ付立合フ 又審査会議ノ日取ヲ定ム 岡田 藤島ノ二氏ト精養軒ニテ茶ヲ喫シ黄昏時ニ至ル 帰宅後陸奧伯 小林女子学習院主事 馬上同学監ノ三氏ヘ文展ノ招待状ヲ転送シ博文館 画報社 七面社 春鳥会等ヘ撮影承諾ノ返事ヲナス