1894(明治27) 年5月19日


 五月十九日 (北海道旅行記)
 十一時頃から荷物をつくり始め昼めしハ姉さん宿で食ひ午後二時半の上野の気車で文蔵さんと立つ 今日ハ天気が非常ニいゝから仏蘭西から被て帰つたブルターニユの胴被ニフラネルの上被を被ておまけニベレを冠つたから気分がよく為り西洋ニでも行のか夫れトモ仏蘭西を出て未だ日本へ帰りつかないのか知らんなど云感を起す迄ニ至つた
 宇都宮迄ハ先づ東京近在の風で之レゾと思ふ様な景色ハ見へず 夕やけの様ハ随分見事だつた 之レヨリ北へ行けバ趣が丸で違ヒ田舎の風が仏蘭西などニて感じたる感を起さしむるニ足るものゝ如し 尤も広き草原の先ニ月が出る 夫れから見事な月夜と為たのだから月の御かげで景色もよく見へたのかハ知らねどオレの見た処でハ土の色も白つぽくなり草の色なども面白きが如し 其れニ広重流の松の木が鮮なく木の森が中々いゝ
 いゝかげんから山が多く為た 山川の景色ハよけれど箱根の山中か又日光などニ似た処多けれバさまでニ感ぜず 最上川ニそふたる盛岡とか云処などハ亜米利加などで已ニ見た事の有る様な処也 一寸遊に行て居てもよさそう也 野辺地とか云辺ニ到れバ馬の牧場あり 広々としたる野ニ細き流など有る様を見れバ仏蘭西などを思ひ出す也 青森ニ着く前ニ見ゆる海岸ニそふたる村などハブルターニユニでも有りそうだ