本データベースでは中央公論美術出版より刊行された『黒田清輝日記』全四巻の内容を掲載しています。なお、デジタル化にともない、正字・異体字・略字や合成文字は常用漢字ないし現行の字体に改めました。



1894(明治27) 年5月25日

 五月二十五日 (北海道旅行記) 白尾氏の出迎旁橋口氏と海岸など散歩す 船二艘も着たれど白尾氏ハ見へず 如何なる訳かさつぱり知れず 仕方なし 又処々見物す 砂糖のかすにてアルコールを造る家ニ行きアルコールを味ふ 家の妻君と橋口氏色々話などして居られしニ言葉の端に其人ハ我知己高橋氏の妹なりと知れ拙者も口を出して話する事とハなりぬ 不思議な御縁なりし 十一時頃昼めしを食ひ宿屋を出て橋口氏ニ一時の別をつげ肝振丸と云ニ乗り込む 三時ニ為てうやく舟が出た 四時半ニ室蘭ニ着く 今度は波止場が違て奥の方ニ舟をつけた 艀で来た客引ニ丸一と云者なく山中と呼声のみ 之レは波止場が違つたからの事かと思ひ市中を通りぬけ丸一ニ行て見たれバ番頭の野郎へんてこ面をして直ニ案内をせず 客が一杯で大困り 苦しまぎれに屯田の御方と御一緒でハ如何などとぬかし腐た 其処で気分が悪く為り部屋が無けれバほかニ行と云たら西洋まがいの塾部屋の様な処を周旋した そこで先づ少し気分がよく為たようなものゝ悪い感が一つ頭の内ニのこつた 之れも亦経験の一つだ 日本流の通常の宿屋ニ行のなら客引を出さぬ処ニ行くものぢやねへ

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