1900(明治33) 年6月23日


 六月二十三日 (欧洲出張日記)
 天気快晴 海も至而静なり 午前十一時半頃から右手にボツボツ岡が見え始めた 是れが亜弗利加の北岸ヂブーチ港の入口ナルオボツク地方が見えるのだ 海の色はあいでかもめが多い 一時頃に左手の水際に極平たく白つちやけた陸が出て来た 今日は中々あつい 船の上で摂氏三十六度五分 華氏の九十七度余に為つた 陸上の暑さハ思ひやられる
 午後二時少し過ニヂブーチニ着いた 余り暑いのと町がいかニも下らないと云ふので日本人は一同上陸を見合せた ヂブーチは仏国領で石炭置場の様な処だ 木も草も無い焼け地の実にいやな処だ 何ニしろ水気のない処だから木の育つ気遣がない 仏人が他国から持て来て植えて楽しんで居る木がヂブーチ中に七本丈だそうだ サラジーも此処で石炭を積み込で午後の九時に出帆した
 ヂブーチの近辺で水の色は緑色の薄いのだ そうして遠山の色は桃色がゝつて居て中々色はいゝ 又水に飛込で銭を貰ふ黒坊の色と水の色などハ非常に面白い 今日は少しく頭が痛いから折角いゝ色のものを見ても愉快に感ずる事が少ない 尤も頭が痛くなかつたならつまらない処と聞ても上陸して見るのだつたけれどもマアマア用心して船にじつとして居た 残つて居たのはいゝが少し風の有る方へ行くと船へ積込で居る石炭の粉で真黒に為る そうだと云て風のない方へ行けば目がくらむやうに暑かつたので一時は大ニ閉口した 晩めし頃から頭がよく為つた
 夜ハ甲板の椅子の上ニねこんで岡崎氏の経歴談をきゝ一時半頃に部屋に這入る