1904(明治37) 年5月18日

黒田のマヽン腸窒扶斯にて二ヶ月来臥床したるが、最早全快の由を聞きたり、祝ひに肴を贈る。岩村別れのため来訪。波士敦美術商店事業の見込を話す、至極賛成の意を表して置いた。電車にて出校し五時過に帰宅す。黒田が来て待つて居た。白滝に餞別云々の件話す。六時半帰る。夜小代来訪九時半まで話す。

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